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「知ってる? 海の向こうの遠い国ではスコールという現象があるんだよ」
長旅から帰ってきたばかりの姉がそう言った。
砂漠の真ん中に位置するこの街では、年に一度程度しか雨は降らない。
珍しすぎて、雨の翌日には良いことが起こると吉兆扱いされているくらいだ。
「スコール?」
砂埃で汚れた姉の日よけマントを私は受け取りながら答える。
「そう。短時間のうちに洪水になるんじゃないかっていうくらい雨が降るの。前にもこの話しなかったっけ?」
「そうだっけ?」
手も顔も洗わないうちから姉は玄関脇のベンチに腰掛ける。
こんなところを母が見たら怒るだろうが、今日は友達の家に出かけていていない。
だから、姉の話を遮る人は誰もいない。それは私にとっても幸運なことだ。
昔々、まだ文明が栄えていた頃のことを研究している姉は、様々なことを教えてくれる。母はそれを道楽趣味だと嫌がるけれど、私にはどれも魅力的に聞こえる。
たとえば、飛行機の話。
「以前はね、この砂漠をもっと簡単に超えられたんだ。飛行機といって、油を燃やしたときに生まれるエネルギーを使って飛ぶ鉄の乗り物があったから」
「昔の人ってすごいことを考えるんだね」
姉のような人間を除けば、今の時代の人間が生涯に移動する範囲など、近くのちょっとした高台から見渡せる範囲くらいだろう。それで十分なのだ。
昔の人はそうじゃなかったのだろうか。
姉は私の考えを見透かしたように続けた。
「戦争があったからね。より強力な武器として開発されたんだ。上空から爆弾を落とせたら強力じゃない?」
古代の人々は細菌と呼ばれる小さな生物から時間や空間を操るすべまで手中にしていて、それを使って争い合っていた。
このあたりのことは姉の専攻だからよく教えてくれる。
「そうして落とされた中にはまだ爆発せずに埋まっているものがある」
「何かの拍子に爆発するとどうなるの?」
姉は少しだけ自虐的な笑みを見せた。
「何が起こるかは分からない。危険なガスが噴出するかもしれないし、ただ大きな音がなるだけかもしれないし、あるいは時間に作用して永遠に世界がループし始めるのかもしれない」
「前にもこの話しなかったっけ?」という姉の言葉を聞いて、ふと思い出したのはなぜかこの話だった。
雨のことも、海のこともたくさん聞いたはずなのに。
とそのとき、視界のすみの窓の方で何かがちらついた。
「あ、雨」
窓辺に寄ると、雨が降っていた。もちろん、はるか遠い国のスコールなどには及ばない、ちらつくような雨粒だが。
年に一度あるかないかの降雨と、姉の帰宅が重なるとは珍しいこともあるものだ。
「明日はいいことが起きるね」
姉も窓の近くへとやって来て、私の肩にぽんと手を載せた。
「明後日もその次もずっとそうだよ。」
言葉とは裏腹に、姉の顔はどこか悲しげだった。
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