第一章『チュートリアル』

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「――っ、だぁ! ぁぶねぇー、なっ!」  肺から空気を吐き出して、宙を舞う傀儡の腕から剣を奪い、三射目を番える傀儡に投げる。   矢が放たれるより速く投げた剣が傀儡の首元から左腕を刎ね飛ばし、そのまま後ろに控える巨体の傀儡の腹に深々と根本まで刺さった。 「あ……っと――?」  それでアクティブ状態になったのか傀儡はゆっくりと振り上げたハルバートを地面に叩きつけた。  地震の様な衝撃と台風染みた風圧にたたらを踏まされる。 「なんか、怒ってらっしゃる様なっ――!?」  散弾銃的に飛んできた床の破片を盾で防ぐだけで腕が痺れる。  そんな威力の破片が俺を掠めて、その一部がレヴァにも飛ぶ。  しまった、と思う間もなく、 「アレに感情はありませんよ」  レヴァの平坦な声。  彼女も十分追える様で事前に自分の前に【鎖】を網目状に張り巡らせ壁にしていた。  その【鎖】は宙に無数に浮かぶ小さな魔法陣の間に伸びている。コレも彼女の【神装】の能力の一つというが、確かに魔法の様に思える。 「こちらの事は構わず、目の前の敵に集中を」  と、一言だけ。  巨体の傀儡は地面にめり込んだハルバートを引き抜いて、担ぐようにして半身に構えた。  直後にその足元に亀裂が走る。  ――来る。 「なろっ!」  あの巨体で弾丸より早く飛んでこられて堪るか。  傀儡より先に地面を蹴った。見るからに膂力は向こうが上だが速力なら俺に分がある。  俺が剣の間合いまで肉迫をするより早く前傾姿勢の傀儡がそのままハルバートを振り下ろした。  まぁ、武器や体格の差が大きい。先手は譲り、狙うは後の先。 「っ、と!」  急ブレーキ後にハルバードの柄を剣の斬り上げで受ける。  流石に重く、弾けず防ぎ切れない。  それも承知の上。膝が折れる前に身を反らしつつ剣先を下げ、刀身でハルバードの柄を滑らせ往なす。 「っらぁっ!!」  地面に落ちたハルバートに剣を打ち付けて更に深くめり込ませた。  傀儡は引き抜こうとするが、斧部が丸々埋まっている。  数秒だが時間がかかるだろう。  その隙で十分。  ハルバートを足場に跳躍し飛び越え様に首に一閃。  だが、 「……浅いかっ」  無理な体勢で振るった剣の軌跡は狙いとズレた。  人でいう僧帽筋が特に肉厚で、鎖骨辺りまでしか斬り裂けなかった。  人間相手なら致命傷だろうが、傀儡にはダメージにならない。  だが姿勢は崩せた。  ダメ押し、と後ろに引っ張られる様な傀儡の膝裏にシールドバッシュ。  倒れ込むその首元を刀身で受け、 「おぉ――!!」  斬り上げの直後に剣を翻して、斬り下す。 「――らぁっ!!」  傀儡の首が独楽みたいに回転しながら宙を飛んだ。  その首は地面に落ちる前に飛び散る様に霧散し、倒れた身体は溶けて消える。  それを確認して大きく息を吐き、全身の『力』を抜いた。  武具の重さを思い出し、全身も水の中にいるかの様に重くなる。 「はぁ、はぁっ……。流石に疲れる――様な?」  息を止めて全力で数秒走った感覚はあるが、その程度。  多少の疲労感は感じるが少し汗が滲む程度で呼吸も落ち着いて来た。  あれだけ無茶な動きをした割りには燃費は良好だろう。  この怠さは通常時と強化時の落差が余りにも大きい為か。  本来の体感が酷く劣っている様に思える。  ――まぁ、実際同学年の運動部と比べると大分劣っているのだけど。 「お見事です、クジョウリュウ。『神の力』の使い方を理解し始めたようですね」 「そいつはどうも」  気の無いレヴァの事務的な称賛に苦笑する。 「――しかし、これでようやくボス戦か。チュートリアルにしては割と長めだな」  戦闘システムにおいて丁寧に説明するのは良いが、ゲームならそろそろ嫌気がさす頃だ。  まぁ、ゲームではないのでこの位で丁度良いのかもしれないが……。  ともあれ、本編開始もまじかとなった訳だ。俺の冒険譚は『エピソード0話』で終了する訳だが、もうひと踏ん張りするとしよう。 「うし、じゃーそろそろ行きますかねー」  自称扉の壁に視線を向けると彫られている模様や文字は一際、複雑な様だった。その意味は微塵も理解できないが重要なモノが奥にある感は伝わって来る。  その前まで来て、手を触れる寸前。 「クジョウリュウ」  レヴァに呼び止められた。 「ん? どしたの」 「いえ――」  と、少し間を置いて。 「この扉の先が試練の間の最深部にして最大の試練――戦闘になります。立ちはだかるのはこれまでの傀儡とは比べ物にならない程の強敵です。現状の貴方では間違いなく勝てないでしょう。勝算があるとすれば――」 「【神装】、とかってのを使える様になれば良いんだろ? まぁ、なんとかなるって」  小さく肩を竦ませて、構わず扉に手を触れた。  ひんやりとした感覚が徐々に薄れて行く。  完全に消えて通れる様になると、 「――ご武運を」  レヴァが言いかけの言葉を止めて、俺の背に静かに呟くように声を掛けた。 「はいよー」  それに軽く返して俺は最深部に足を踏み入れる。
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