第一章『チュートリアル』

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第一章『チュートリアル』

 ――やたらと長く眠っていた気がする。  何もかも嫌になる様な事があった気がするのだが、ソレすらも忘れる程の長く深い泥の様な眠り。  重たい瞼を開けて見た光景は見知らぬ天井――ではなく、女性の胸だった。  しかも、たわわに実っている。  後頭部に柔らかく心地良い感覚がある。どうも膝枕をされている様だ。  それに香水なのか、ミルクに似た甘い匂いがした。  女性は俺が起きた事に気が付いて、 「ようやく目覚めましたか」  と、一言。  ……たっぷり間を置いて。 「な――何事ぉ!!」  飛び起きて、四肢をバタバタさせながら全力後退。  それ程の間も無く、壁にぶつかり息が詰まった。  あわあわ、とガチで震えてる俺を差し置いて、このお姉様は冷静に首を傾げていらっしゃる。 「――騒がしい方ですね」  ため息をついて、彼女は優雅に立ち上がると、綺麗な足取りで俺のもとへと近付いて手を差し出した。 「あぁ……どうも」  生返事をして俺はその手を取るが、視線は明後日に向けておく。  当然だ。  何せこのお姉様は、豊満な胸を幅の狭い黒いチューブトップで包み、その上から濃い紫色の防御力に不安しかない下着の様な胸当てを付けているだけで、お腹も丸出し。  下はロングスカートか、と思ったがどうも違う。  幅の広いベルトに後ろから回した布を脚の付け根辺りで止め、足りない前の部分に帯状の布を付けた“スカート的な何か”だ。  ロングスカートの根本までスリットが前に二つ入っている状態で、少し脚を踏み出せばミニスカート顔負けな位に太ももが露出する。  ――そんな恰好をされていたら、 「直視なんて出来ませんよーっ!!」  若さ故のリビドーが少しばかり漏れ出した。  そのビジュアルで十分なインパクトがあるのだが、つい先ほどまで彼女に膝枕をされていたと思うと、もう色々と――。 「何故、壁に向かって叫んでいるのですか?」  その原因であるお姉様が怪訝そうに小首を傾げた。  こちらは思春期真っ最中なのだ。少しは察してほしい。 「何に騒いでいるのか分かりませんが、落ち着いたらこちらを向いて頂けますか? お話しなければならないことがあるのです、クジョウリュウ」  不意にフルネームで呼ばれて、急に冷静になった。  九条龍(くじょうりゅう)――言われて、自身の名を思い出した様な気分だった。  怪訝に眉を顰めて振り返ると、彼女は一拍間を置いて、 「私の名は、レヴァ。神の命により異世界から召喚された貴方を導く天使です」  低過ぎず高過ぎない女性的な典雅な声色で告げた。  聞き惚れる様な美声。  しかし内容は――相当、アレだった。 「――エンジェル?」 『異世界』『召喚』にも物申したい所だが、その単語に思いっきり眉を顰めた。  その頭の上に輪っかが浮かんでいないのが幸いか。  色んな意味で血の気が引いた俺を余所に、「神が遣わせた、天の使いという意味です」と自称マジ天使なお姉様は、 「貴方は元居た世界で死の淵に立っていました。貴方の魂が輪廻する間際、その素質を視た我らの神がすくい上げ、慈悲と使命を与えたのです」  何やら、色々と言っている。 「貴方にはこれより神の恩恵を受け、偉業を成すに相応しいか否かを見定める『神の試練』に挑んで頂きます」  前もって用意していた原稿を読み上げる様に、恥ずかし気も無く堂々となんかよくわかんない事を言っている。  話半分に聞き流し、ざっくりと周囲を見渡す。  ドーム状の小屋、らしい。焦げ茶のレンガ造りで、家具などの内装は無い。椅子一つとして無い。  生活感の欠片も無い、異質なエスニック空間。雰囲気は社か何かか。  あるのは何かしらの――彼女の言う“神”を祭る祭壇か。  ご神体なのか、ツルツルとした透明感のある綺麗な球体、それこそ水晶で拵えたボウリング玉のようなソレを囲う様に色鮮やかな果実や花が彩っている。  毎日供えられているらしく、自然的な新鮮な甘い香りが部屋に薄く漂っていた。  木製の台座には、花や鳥などの細かい模様が彫られ、表面の色や細部の欠けなどで、かなりの年期を感じるが、埃っぽさは無い。供え物と共に、手入れが行き届いているのが窺える。  当然、こんな場所は知らない。 「その試練を見事達成した暁には元居た世界への帰還が約束されます」 「あ、帰れんだ。……って、その試練は何日も掛かるヤーツじゃないの?」 「貴方の素質と技量に寄りますが、数時間程で済む筈です」  ――日帰り異世界と来たか。何てインスタントなのだろう。
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