第一章『チュートリアル』

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「ですが、それだけでは貴方の“失ったモノ”は取り戻せません」  何故か。まだ色々と飲み込めていないというのに、妙にその言葉が胸を締め付けた。 「世界に散らばった『神の力』を回収し、神の復活を成す『再誕の儀式』。その命を懸けて偉業を成しえた時、貴方のもっとも望む形での帰還が可能となります」  ドクン、と心臓は一度跳ねたが、どうにも芯には響かない。  ――やはり“死の淵に居た”と言われてもその実感は無いのだ。  いつも通り朝起きて、学校に行き、何となく授業を受けて、家に帰る……そんな一日――だったと思う。  まぁ、最近の記憶が遠い昔の様に靄がかかり、自信を持ってそうだった、とも断言も出来ないのだが……。 「……――」  それにしても――。  先ほどから、何やら言っている自称マジ天使なセクシーお姉さんは、とても魅力的な女性ではある。    改めて見ると、彼女――レヴァはただ、美しい。  気品ある大人なお姉さんとはこの事か。  スタイルは豊満なグラビアモデルとか顔負け。表現は悪いが、テレビなんかで見る女優やアイドルなんかよりもレベルが高い。  鮮やかな薄紫の髪は膝下にまで届く程に長く、それを紅石で装飾されたリボンでポニーテールに纏めていた。  身長はヒールを履いた状態で、俺より少し高い位――実際は一七〇ほどか?  人と目線を合わせるのが苦手な俺ですら、透き通る様な切れ長の紫色の瞳に目を奪われる。  歳は二十歳程だろう。自分と大きな歳の差は無い筈だが、根本から違う存在だと思う。  諸々と平均的な俺からすれば、正に彼女は規格外。アニメキャラが真横に居る感覚だ。  ――だが、しかし。  先ほどから、『神』とか『使命』とか連呼するせいで、非常に胡散臭く感じてしまう。  超絶美人な際どい水着お姉さんに、幸運の壺とか勧められている様な……残念な感じで、萎えてしまう。  ありえないシチュエーション。    これはつまり、 「――そっか。夢だ、これ」    色々と、放棄した答えに辿り着く。  片手の皿に、もう片方の拳でポンと軽く叩く。今日日、漫画やアニメでしか見たことがないリアクションが出た。  そう思いたくなる程に現実感が無さ過ぎなのだ。  実際の俺はまだ自室のベットの中。多分、目覚めたら金曜日で絶望するのだ。 「そーだよなー、無いよなー。幼馴染が二階の窓から侵入してモーニングコールする並みにありえないもんなー」 「……夢、ですか」  途方に暮れる俺にレヴァは静かに返す。  ちらりと彼女の表情を見ると、感情の読めぬ無表情。    その威圧感に負けそうなりながらも、 「いや、だっておかしいだろ? 目が覚めたら目の前に美女が居て、しかも露出が強なお姉様。おまけに、神とか使命とか。……もう、疲れるのかねぇ、俺は」  イヤー、コマッタナー。ハヤクオキナキャ、キョウモガッコウダヨー。  と、アメリカの通販番組よろしく、わざとらしく肩を竦ませる。  乾いた笑いが喉から漏れた。  崖から落ちる様なやけにリアリティのある夢を見た事もある。  時に、夢と現(うつつ)は曖昧なのだ。  ――夢ならマジで覚めてくれ。  心からの願いだが、目覚ましのスマホのアラームは、俺を救い出してはくれなかった。  代わりに、 「ならば、何をもってすれば“コレ”を現実と認めるのですか?」  レヴァが問う。  その眼差しが物凄く冷めていた。  道端の小石でも見る様に、関心とか全く持たれていないのがひしひしと伝わってくる。  折れそうになる心をぐっと堪え、 「そーだなー。頬っぺた抓るのはベタだから、お姉さんがキスしてくれたら信じても良いけどねー。勿論、ちゃんと唇ですよー?」  あはは、と茶化す。  ――口元が引き攣り、背筋に変な汗が伝うのがやけにリアルだが……気のせいだと思う。そういう事にしよう。  異世界に召喚なんてファンタジー要素なんか求めてない。 「キス、とは接吻の事ですか?」 「そーですよ。魚じゃないよ、チュウの方です。ちなみに魚の方は天ぷらを塩で食べるのが好きなのですが別にフライでも――」  不思議とペラペラと舌が回る。  あれ? 俺ってこんなお喋りだっけ? とか、思っていると、 「美味しいぐふっ!?」  ガシッと両手で顔を捕まれて、グキッと首の角度を強引に変えられた。  彼女の綺麗な紫色の瞳と視線が合う。    そしてそのまま、 「……――」  唇が触れた。  優しく、触れるだけのマウストゥマウス。  他人の唇とは、こんなにも柔らかいものなのか。  それとも、彼女が特別にプルプルリップなのかも知れない……。  ――うん。違う。  あと長い。キスの長さもギネスに載っているらしいが、レコードに挑戦しているのだろうか?  どれ位か、ようやく解放され数歩下がり大きく息を吸う。 「な――何考えてるの、このケダモノー!!!」  凡そ、ハーレム系ラノベのツンデレ転校生ヒロインが冒頭で言うであろう台詞を叫ぶ。  彼女達はこんな気持ちなのだろう。そして、いつしか恋心に代わるのか……。  ――たぶん、コレも違う。
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