第一章『チュートリアル』

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◇ 「――あの……レヴァさん? 所であとどの位、歩くんですかね?」 「もう少しですよ。それと、敬称は不要と言った筈です」 「さいですか……」  もう少し、もう少しと言われて早、小一時間。  辿り着いたのは緩やかな小川だった。  穏やかな水の音。澄んだ空気の匂い。  インスタ映えしそうな光景ではあるが、目的地でないらしい。  まともな会話も無く、何処に向かっているのか知らされていないままなのだ。 「はぁ……」  小休止と川の水で喉の渇きを潤して一息つくが、重い溜息がどうしても出てしまう。  手ですくった水面に映った自分の顔は酷く疲れている。  男子にしては少し長めの赤茶の髪。真顔だと「怒ってるの?」と言われる目つきがより不機嫌そうになっていた。  ――あの小屋の外は、何というか絶景だった。  単純に小屋が建っていたのは崖の端っこ。他の建築物は一切無く、周囲は一面の森だった。  ただ、森と言っても俺の思う“普通の森林”とは大分違っている。  なんというか、諸々と規模がデカい。  一本一本の木々が太く、地面に根を力強く張っている。  中には、大人が十数人でも囲い切れない程に太い物もある位だ。  一応、石畳が道標の様に続き多少人の手が入っているが、殆どが自然のまま。  加えて地面は全体的に起伏があり、所々小さな崖の様になっていて割と歩き難いのだ。  更には下りが続くので尚、辛い。  まぁ、陽は高く日差しも強い様だが、枝葉が傘になり暑苦しさなどの辛さは無いのが幸いか。    苔が多いがジメジメとした感じは無く、寧ろ風が良く通り心地良く清涼感がある。  この木漏れ日もインドア派なゆとり世代には健康的で良いかもしれない。  前日に雨でも降ったのか幹や地面に生える苔や枝葉に溜まった雫が反射して、一面がキラキラと輝いている。  某有名アニメーション映画の風景――まさに、異世界。  新月の時に生まれ月の満ち欠けと共に誕生と死を繰り返す山の神が首を返せと、襲ってきそうだ。  神秘的、とはこの事なのだろう。 「――しかし、『神の力』ねぇ……」  マイナスイオンいっぱいの人生初の本格的森林浴に癒されながらも、怪訝に眉を顰める。  そんな大層なモノを貰った実感は無いんだけど……。  別に、自分の中に小宇宙的な何かが燃える訳でも無く、怒りで金髪になりそうな予感も無いし、内なる超能力的な何かが呼び起された感じも無い。  まぁ、かなりの距離を歩いても特に疲労感も無いのだが、ソレが神様パワーなのだろうか。  異世界に転移後に初めて得たアビリティが『スタミナアップ』とか、長旅には実に便利だ、畜生め。  天の使いレヴァ曰く、この世界の神が異世界――つまり俺の居た世界から適正のある人間をその死に際にランダムで呼び着けて自身の復活の為の儀式に見合うかどうかテストを押し付けているらしい。  ブラック企業もかくやという拉致した挙句の酷い面接方法だ。  しかし、そのテストに合格したのなら二つの選択肢をくれるという。  一つは神様の慈悲を有難く受ける事。  理不尽な死を迎える筈だった俺の命を憐れみ、そのまま直ぐに元の世界に帰してくれるらしい。  そして、もう一つは使命を達成して報酬を貰う事。  神様のご要望通りに世界中を旅して『神の力』を集め、『再誕の儀式』を行えば、“失ったモノ”を取り戻し俺の望む形で帰れるのだという。 「……などと、言われても?」  全てを飲み込めた訳ではないが、今俺の置かれている状況は理解できる。  賞金を懸けたスポーツエンターテイメント番組みたいなものだ。  最初のステージをクリアすればある程度の賞金が貰えるが、その賞金を元に更に高額を狙える次のステージに進む類のよくある企画。  そのステージに失敗すれば、賞金はパァというのはお約束。  欲を出し、命懸けの異世界冒険でセカンドライフを終了させるより多少の不都合には目を瞑り、確実に帰る方が利口だろう。  学校の帰り道、トラックにでも轢かれたのなら失うモノはポケットに入れていたスマホ位。だったら買い替えれば済む事だ。  死因になりえたその傷はサービスで治してくれたようなので、それだけでも神様には感謝するべきだろう。 「にしても、日帰り異世界冒険譚とは、カップ麺並みにインスタントだわなー?」  本当はもっと色々詳しく説明して欲しい所だが、「今はそれだけ理解して頂ければ結構です」とピシャリ。    何気にアニメや漫画が趣味なので、正直『異世界冒険』には興味は無くもない。  だが、世界だ神だとスケールの大きい話はその手の属性持ち(主人公気質)がやれば良いとも思うのだ。  一般人でクラスメイトDな俺は兎も角、その試練とやらをクリアして早々に元の世界に帰して貰おう。  気だるげに溜息を溢すと近くの藪から不意に足元に小さな陰が飛び出した。 「っ、と!?」  それに思わずたじろいだ。  ねずみ花火みたいに一しきり俺の周りをチョコマカチョコマカしてソレは満足したのか、少し距離を置いてこちらの様子を窺う。  俺もソレの姿を確かめるとギョッとした。
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