第一章『チュートリアル』

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 基本的にはリス。  だがサイズは知っているのより割りと大きい。片方の手の平には間違いなく乗らないだろう。  そしてやけに長細い耳で、何より尾が二つときた。 「流石、異世界。小動物もなんてファンタジー」  はっ、と小さく笑う。  しゃがんで手を伸ばすとソイツは恐る恐る近づいて来た。  よく見ると中々愛嬌のある顔だ。動物園にでも居たらちょっとした目玉になるだろう。  もう少しで指先に鼻先が触れる頃、 「――どうしました? 行きますよ」  レヴァの一言でリス染みた何かはビクッと体を震わせて手近の木を駆け上る。  伸ばした手が虚しく行き場を失った。 「はいよー……――ぉ?」  彼女の元に向かう最中、視界の端でガサガサと不自然に繁みが揺れる。    歩を進める度にその揺れは徐々に収まり――やがて、完全に静止した。  またマスコット的な小動物か、とも思ったが次の歩を踏み出した時に言いようのない不安に駆られる。 「……――っ!?」  その足が地面に着いた瞬間、繁みから何かが飛び出し、葉を散らす音が確信に変えた。    目前に迫るソレを認識するより早く、 「ギャゥッ!?」  その何かが悲鳴を上げて吹き飛んだ。  辛うじて見えたのは、黒い炎の様なモノが揺らめいて宙に掻き消える最後の瞬間だけだった。 「……」  妙な汗を感じながら視線をソレに向ける。  獣だ。  言ってしまえば狼。一般的な成体のよりも二回り程大柄だ。  全身の毛は白。双眸は深紅。  牙はどれも鋭利だが、特に犬歯は特に長く鋭い。  その胴体が引き裂かれ、血や“中身”が散らばっているがどちらかというと、”額に生える短剣の様な角”の方が気になった。 「魔物――的な何か?」  たっぷり間を置いて呟いた。 「何か、ではなく正に、ですよ」  レヴァが小さくため息をつく。  彼女を見るどこから出したのか、幅の広い三日月の様な両刃の刀身で柄が緩やかにS字を描く鎖の巻き付いた大鎌を携えている。    それを馴れた手つきでバトンの様にクルクルと回すと、やけに物騒な得物は宙に溶ける様に光の粒子になって霧散し消えた。 「魔性の異形『魔物』。その成り立ちはまちまちですが何にせよ、この世界に存在する脅威の一つです」  冷静に。ある種、冷酷とも思える声に思わず息を飲む。  訳が分からぬまま襲われ、訳が分からぬまま助けられた。  命の危機も、九死に一生を得た事も実感すらしていない。    一人でこの森を彷徨っていたら、死んだ事すら気づかぬまま二度目の人生を終えていた所だ。    俺の引き攣った顔を見て彼女は小さく頷いた。 「えぇ……それで良いのです。常に生きる事への執着を忘れない様に。それが延いては世界の為になるのですから」  そして一言「さぁ、行きますよ」とレヴァは、踵を返し更に奥へと進んで行く。  俺は、慌ててその後を追いかけた。
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