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「良いですか? 対処は剣でも盾でも構いませんし、避けても結構です」
その刀身を指でなぞる。
彼女の表情はどんな感情を抱いているのか分からない。
しかし、僅かに細められた瞳とその仕草がやけに艶めかしく感じた。
レヴァの言葉の意味を理解する前に彼女は表情を変えぬまま――剣を投げた。
クルクルとトランプよろしく飛来するそれは俺の持っている物より幾分、細身。逆に鍔が大きめの様だ。
やはり、これも問題なく目で追える。
スローモーションの体感の中で「あ、このままだと、もろに顔面クリティカルだなー」なんて他人事の様に思った。
…………――――ん?
「おっ、おぉぅいっ!?」
文字通りの目と鼻の先まで来て、現実を理解。
身を逸らすのと同時に、右腕の盾で弾き飛ばした。
割とシャレにならない衝撃に腕が痺れる。
天井に弾いた剣が突き刺さり、甲高い金属音が耳鳴りの様に響いた。
「ぁ――あっぶねぇな!? 殺す気かよ!?」
抜き身の剣を人に投げるとか、何を考えているのか。
しかし、
「えぇ、そのつもりで投擲を行いました」
素直に即答された。
「なん――っ!」
言い返そうと思ったが、特に悪びれた様子もなく、さも当然かの様なレヴァに言葉を詰まらせる。
この程度は出来て当然、という事か。
確かに呆ける余裕はあったし、反応も出来た。
危機感の薄さの為か、心臓の早鐘も徐々に落ち着きを取り戻し始めている。
これも『神の力』の恩恵、というやつか。
「今の貴方には、この世界に置ける最低限『騎士』と呼ばれる程度の能力が付与されています。一介の賊や魔物などに遅れをとる事は無いでしょう」
「さようで……」
どうやら既にレベルは跳ね上がっているらしい。
一から三〇レベ程までだろうか、それなら序盤のエネミーは経験値の足しにもならないだろう。
……そもそも、一介の騎士で体感をああまで引き延ばせるとか、既にチート並みじゃないだろうか。
溜息をつく俺に、レヴァは告げる。
「これより貴方には、『神の力』を武装へ昇華させる【神装】を会得して貰います」
「うわっ、なんだその厨二臭」
皮肉めいた率直な感想が口をつく。
が、相変わらずレヴァの表情に変化はない。
「……特に異臭はしませんが?」
代わりに小首を傾げて素でつっこんだ
「いや、なんでも」
匂いはお姉さんの香水がほのかに香る位だ。非常にドギマギする。
彼女は「なら結構」と、宙に手を翳した。
その手の内に光が灯り、粒子が溢れだし半透明の青い炎の様にその量を増やしながら形を成していく。
それが強く瞬いたかと思うと森で魔物を屠った、巨大でどこか歪な鎌が握られていた。
「コレは宿主の魂を具象化した『魔法』とは似て非なる謂わば、質量を有した幻想です」
真面目な澄ました顔でレヴァは言う。
厨二臭ぇー! このお姉さん言ってて恥ずかしくないのかね!?――なんて、本音はグッと堪えた。
“質量のある幻想”とか拗らせた男の子が喜びそうなフレーズだ。
「形状、能力は唯一無二の固有。私の【神装】はこの【大鎌】であり、有する能力は先ほど見せた黒い斬撃とこの【鎖】です」
レヴァの持つ【大鎌】の三日月状の刃に黒い炎が鬼火の様に揺らめき、その腕に【鎖】が【大鎌】と同じく現れて蛇を思わせる様に絡みつく。
「【神装】は既に貴方の中に形成させている筈です」
「ん……お、おう……?」
そんなこと言われても。
「今はまだ実感は無い筈です。それ故に、実戦の中で感じ取ってもらいます」
更に困惑する俺の表情を見て、
「ただ一つ言える事は、貴方が選んだ得物の特性が“求めているもの”として【神装】から影響を受けているという事です」
「【神装】“が”じゃなくて“から”?」
「えぇ」
と、また肯いた。
これ以上、余り詳しい説明はしてくれない。
後は自分で何とかしろ、という方針らしい。
「んー……うん。――ん?」
改めて、特に深い意味も無く手に取った剣と盾を見る。
少なくとも俺の【神装】とやらは剣の様に『斬る・突く』か盾の様に『防ぐ』事の出来る、もしくはその両方を兼ね揃えた何か――ということらしい。
イメージだけは、アニメやゲームのお陰で豊富だが今の所は何とも言えない。
「さぁ、悩んでいても始まりません」
小首を傾げているとレヴァは壁に視線を投げる。
そこだけ外の入り口の様にツルツルとした異質な物になっていた。
大方、入り口と同じように触れれば道が開かれる仕組みだろう。……どんな構造なんだ。
チラリとレヴァを見ると、小さく肯いた。
察してるなら早く行け、と言うことらしい。
「へーい」
小さく溜息をつき、俺はその扉の前まで来て剣を軽く地面に刺して壁に触れる。
ひんやりとした感覚と硬くツルツルとした感触。
それが薄くなってくると、流石に不安になってくる。
「実戦、ねぇ……」
雑魚魔物相手なら楽勝と言われてもついさっきは死にかけてる訳で、ちょっとしたトラウマだ。
だが、異世界を旅する壮大な冒険ならいざ知らず、その前段階の謂わば『エピソード0』みたいなもの。そこまで鬼畜仕様ではないだろう。
最低限のクリア報酬でこの異世界からお暇しよう。
「――まぁ、なんとかなるさ」
自分に言い聞かせて剣を手に取り、改めてその重さを確かめる。
武器と防具は装備した、ステータスも十二分。
心配する事は何もない。
此処がゲームの様ななら――。
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