1 悲しみを歌う人たち

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1 悲しみを歌う人たち

その日は、午後から明日にかけて雨が降ると政府から発表がありました。 生活雑貨を店で調達し終わって、一息ついた時でした。 コツコツと、シェルターのハッチを叩く人がありました。 私の家を訪れる人など思い当たらなかったので、不審に思いながら板を少しだけ上げたのです。 薄い色の髪に猫みたいな細目と、ざっくばらんに切りそろえた黒髪がしゃがんで、こちらを見ていました。 「初めまして、私たちは鍵の葬団です。 鉄の雨に殺された人々を弔いながら、仲間を探しています」 「鍵の葬団……あなたたちが?」 私は彼らの話を聞くために、思い切って外に出ました。 そういえば、このあたりで人を弔うために歌っている人たちがいるという噂を聞きました。悲しみを歌うために、旅をしている人々のことです。 黒い服を着ていると言っていましたから、おそらく彼らに違いありません。 「突然で申し訳ございません。彼らに覚えはありませんか? 些細なことでもいいので、心当たりがあれば聞かせてほしいんです」 名前がつづられた紙を渡されました。 教会は行き場を失った子どもたちを保護する施設でもあったので、この人たちは家族のようなものだったのでしょう。 「ごめんなさい、ここにある人たちのことは何も分からないんです」 彼らの住まいであった教会はもうありません。 鉄の雨がすべてを破壊したのです。 彼らの仲間たちも違う施設へ預けられたのか、それとも鉄の雨で亡くなったのか。さだかではありませんが、少なくとも二人は諦めていないようでした。 運よく生き残った二人は仲間を探すために、旅に出ることにしました。 鉄の雨で悲しみに暮れる人々を歌で癒しながら、歩いているのです。 「けれど、はす向かいのサツキさんは旦那さんを亡くされているの。 それ以来、すっかり気が滅入っちゃったみたいで……家から全然出てこないんです」 初対面の二人に話した理由は、自分でも分かりません。 どうしたらいいのか、分からなかったからでしょうか。 「もしかしたら、貴方達を必要としているかもしれない。案内しますね」 とある日の晩、悲劇は訪れました。 何の脈絡もなしに降り出した非情の雨が旦那さんを貫いたのです。玄関先に残されたチアキちゃんのプレゼントが唯一の救いと言えば、そうなのでしょう。 しかし、今は自分たちの生活で精一杯でしたから、残された二人を励ます余裕なんてありません。 「ありがとうございます。ぜひ、お願いします」 私は二人を連れて、サツキさんの家の扉を叩きました。 おもむろに板が上がり、彼女の顔が見えました。 「おひさしぶりです」 「本当にそうだな……三日ぶりくらいか?」 ほんの数日間で彼女はげっそりとやせ細り、目の下にクマを作っていました。 まるで別人のようだったので、私には少し信じられない光景でした。 「ごめんな。最近、どうもやる気が出なくてさ。 今は何もないんだ。それで、アンタたちは?」 「このお二人が鍵の葬団です」 二人はしゃがみ、彼女と目を合わせます。 「初めまして。失礼ながら、彼女から話を聞きました。 その悲しみを背負うには、ひとりではあまりに重すぎると思うのです。 私たちにも共有させてもらえませんか?」 目を細めて、いぶかし気に二人を見ました。 急にそう言われても、信じられるはずもありません。 「ごめんなさい、勝手なことなのは分かっているんです。 けど、どうしても見ていられなくって……」 私の顔を二人のことを交互に見た後、思い出したように言葉になっていない何かをつぶやきました。 「鍵の葬団か。噂はよく聞いてるよ。 アタシたちの代わりに、葬式を開いてくれてるんだってな。 紹介してくれたのはありがたいけど、今は歌なんて聞いてる余裕ないんだ」 彼女は短く言って、シェルターをぴしゃりと閉じてしまいました。 心の扉も同じように、硬く閉じてしまったようにみえました。 「ごめんなさい。必要かもしれないって言ったのに……」 「いいえ、あなたが謝ることはありません。 今はそっとしておきましょう。 いずれ、その時が来るまで私たちは待っていますから」 彼らは首を横に振ってはいたものの、表情に諦めのような物は見えませんでした。本当に扉が開くまで待っているつもりなのでしょうか。 「もし、何かあれば気軽に言ってくださいね。 しばらくは滞在する予定ですので」 彼らは立ち上がり、宿屋へ向かいました。 どこか頼もしく見えたその背中を私はじっと見つめていたのでした。
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