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2 夢のような不思議な力
次の日、鉄の雨で大切な人たちを亡くした人たちが二人の下に集い始めました。
鉄の雨で死んだ人々を慰めてほしい。心に空いた穴を埋めてほしい。
葬式をする余裕もなかったから、どうか助けてほしい。
こうして二人は、会堂と呼ばれている、この町で一番広いシェルターで葬式を行うことにしたのです。
しかし、いろいろと準備も必要でしたから、そのまた次の日に葬式は開かれることになったのです。
当日の朝、町の人たちは並べられたパイプ椅子に座り、彼らを見つめていました。集まった人の中に、サツキさんの姿はありません。今も家にいるのでしょうが、この前のこともあって会いに行く勇気は出ませんでした。
代わりに、町の人たちと一緒に祈ることにしました。
親しい人が亡くなり、悲しいことには私も変わりはありません。
会堂は天井に並ぶ無機質な蛍光灯と空調以外、何もないだだっ広い空間です。
パイプ椅子といった道具を使うことはありますが、教会にあるようなものは何ひとつないのです。
ここには立派なオルガンもないし、聖書もありません。
彼らはどうするつもりなのだろうと誰もが不思議に思っていました。
すると、私たちの目の前で信じられないことが起きたのです。
猫目の人は何もないところから虹色に輝く鍵盤を出して見せ、黒髪の人はカバンから人数分の聖書を取り出したのです。
聖書を順々に配り、全員の手に行きわたりました。
ずしりと手に残る重さは、まさしく本物のそれです。
奇跡が起きたと、近くの人と互いに話し合い始めました。
「彼らは魔術師なの?」
「そんなバカな……魔法は消えたんじゃなかったのか?」
「けど、アレは手品には見えなかったぜ?」
それは、この星からすでに失われてしまった技術のひとつでした。
魔術師と呼ばれた人々は、どんな言葉を使っても説明できない、目には見えない不思議な力を使うのでした。
しかし、科学が発達していくとともに、力の源となる場所を失いました。
それと同時に、魔術師も数を急激に減らし、この世から消え去ったとまで言われていたのです。
その技術を彼らはいとも簡単に、使いこなしてみせました。
私たちの目の前で奇跡が起きたのです。
その光景を見て、集まった人々はみな息を呑みました。
この世界から消えたと思っていた技術を見ることになろうとは、誰も思っていなかったのでしょう。
「本日はお忙しいところ、お集まりいただきありがとうございます。
私たちは鍵の葬団です。
我々は消えた仲間たちを探しながら、弔いの旅をしております」
「鉄の雨で大切な人を亡くし、心に傷を負った人々を癒し、少しでも慰めることができればと思います」
二人がお辞儀をすると静かに拍手が上がりました。
目を合わせて、猫目の人が鍵盤を鳴らした途端、虹色に光る音符が飛び出し
空中を漂い始めたではありませんか。
とても黙って目を閉じている様な状況ではありません。
誰もが呆けた表情をして、音符を見つめています。
黒髪の人もあわせて歌うと、青く光る五本の線が二人の頭上を流れ星のように弧を描いたのです。二人の周りを自由に泳いでいた音符たちも五本線の上に乗り、定位置につきました。
彼らの描いた楽譜は会堂を嵐のように駆け巡りました。
その様子は葬式にはとても見えませんでしたし、星のように流れる譜面が暗い雰囲気を破っているように思えました。
そして、五本線に乗った音符たちが消えると同時に二人の歌も終わりました。
しばらくのあいだ、誰も口をきけませんでした。
目の前で起きたことが信じられず、楽しい夢と現実の境界にいるような気分になっていたのです。
「ここにいるみなさんを大変驚かせてしまったと思います。
これが私たちに残され、託された唯一無二の物なのです」
猫目の人が椅子から立ち上がり、私たちに語りかけました。
「私たちはこの力を奇跡ではなく、魔術と呼んでいます。
みなさんの祈りと願いが届いているからこそ、私たちはこの力を受け継ぐことができました。本当にありがとうございます」
「葬式にふさわしくないというお言葉も何度もいただきました。
確かに落ち着いて、祈りをささげたいという方もいらしたと思います。
ですが、この五線に導かれ、魂は天へ向かうと考えています」
黒髪の人も続くように、言葉を繋げます。
今の私たちに彼らの言葉を受け止められるほどの余裕はありません。
きらきら輝く音符と五線譜と、二人の演奏が合わさった世界の余韻を噛みしめていたのでした。
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