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3 終止符が打たれるその日まで
その日から、祈りと願いをのせた歌が町中に響くようになりました。
葬式は1日に1回しか行われませんでしたが、彼らの下に行けば話し相手になってくれたり、どんな歌でも歌ってくれるとのことでしたので、常に誰かと話しているのを目にするようになりました。
鉄の雨が降っている間と眠っている時間以外、二人は気のいい友人として、あるいは悲しみを共有できる相手として、快く受け入れられたのです。
他の町にも彼らの歌が届いているのか、見慣れない人々が最近増えてきています。そこから新しい繋がりができ、人間関係が広がっていくのでした。
その人たちの中に、サツキさんの姿は見えません。
彼らが紡ぐ五線の輝きを見てほしくて、何度か誘ってはいるものの、ずっと断られています。
「どうして旅をしているんですか?」
今は猫目の人しかおらず、黒髪の人は席を外していました。
虹色の光るピアノで葬式の時に弾く曲の練習をしていたようでした。
私を横目で見ながら、鍵盤を奏でています。
「雨にも負けずここまで歩いてきたと、町の方から聞いたんです」
鉄の雨でこの星にあった公共交通機関もすべて停止してしまいました。
この星の移動手段といえば、人力で動かす物か徒歩しか残されていません。
気の遠くなるような時間をかけて、彼らは各地を歩き続けているのです。
教会と仲間を失ってから、どのくらい経ったのかは分かりません。
ただ、その間に抱えていた疲労と喪失感は私たちの比ではないはずです。
猫目の人は右手で空気を掴むと、虹色に光るピアノがスッと消えました。
「あなたが思うほど、強くありませんよ。俺は。
正直、鉄の雨はいつ降るか分からないし、政府の関係者にいつ狙われてもおかしくない。いつか必ず、終止符が打たれる時が来ると思うんです」
ピリオドを打たれるその日は必ず来る。
彼はそう続けました。
「けれど、俺はあそこに取り残されるほうが怖かった。
アイツまでいなくなったらと思うと……どうにもできなくなりそうでしょうがなかった」
彼らが住んでいた教会にも地下シェルターはあったはずですから、そこにいれば確かに安全ではあるのでしょう。
必要最低限ではありますが物資も届きますし、生活することもできます。
しかし、あそこには二人以外、もう誰もいないのです。
「アイツに何度救われたことか、自分でも分かりやしませんよ」
どちらかが死んでしまってもおかしくない状況の中、いつ見つかるかも分からない仲間たちを待ち続けることに、耐え切れなくなった。
どうしようもできない孤独が嫌だったから、黒髪の人について行った。
彼はそう話してくれました。
猫目の人のほうが強気に見えたので、私には少し意外でした。
この旅を提案したのも黒髪の人だそうで、彼のほうが先に限界が来ていたのだろうと、猫目の人は続けました。
「俺たち、ついこの間まで名前も知らなかった他人だったんですよ?
知り合いですらなかった。だというのに、ここまで気の合う奴だとは思ってもみなかった。もっと早く知り合っていればよかったのにって。
お前もそう思うだろ?」
後ろを振り向いて、壁に向かって話しかけました。
すると、黒髪の人が姿を現しました。
「隠れてないで、出てくればよかったのに」
「真剣に話してる途中で割り込むわけにもいかないだろ」
長いこと話し込んでいた私たちに、彼は気を使ってくれていたようでした。
話しかけるタイミングを見計らい、ようやく猫目の人に話しかけたのです。
「ただ、そんなことを聞かれたのは初めてなんですよね。
みなさん地雷を避けるように、私たちに接するものですから」
他の町の人たちも悲しい話を避けたいからか、楽しい話ばかりしていた。
一向に彼らの本心に近づこうとしないので、二人には見えない壁があるように感じていたのです。
「なぜ、彼女を紹介してくれたのですか?」
黒髪の人が私に問いかけました。
「見ていられなかったのは本当なんです。
すごい元気な人だったし、明るい人だったから。
あの日から、まるで人が変わってしまったようで……」
私はゆっくりと吐き出すように話し始めました。
冷たい雨は容赦なく命を貫き、サツキさんは今も悲しみの底に沈んでいます。
「あの時、悲しみを共有させてほしいって、言ってましたよね。
多分、私も同じことを考えていたんだと思います」
彼女の力になれないことは分かっていました。
それでも、何かしたかった。寄り添えるようなことをしたかったんだ。
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