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そこにいたのはヨイよりも少し派手やかな官服に身を包んだ男。ヨイには直ぐにこの男が現王のお付きである者と知れた。
「コヒミ姫殿下はご在室であろうか?」
「はい、おられます。一体何用でございましょうか?」
王からの使者が訪れるなど、ヨイがコヒミに仕えはじめてから初めてのことだ。もしかして前代未聞の事態かもしれない。
身体を固くして身構えるヨイに、王からの使者は朗々と続ける。
「本日の食事会にて、王はコヒミ姫殿下のことをいたくお気に召しました。このように明朗快活で有智高才な娘がおられたかと喜ばれ、さっそく姫殿下へ贈り物を用意致しました。是非お受け取り頂きたい」
そうは言うが、その男の手には何も持たれてはいない。ヨイが訝しがっていると、使者はパチンと指を鳴らす。
すると、コヒミの部屋へ衣服、装飾品、調度品、骨董品など、どれも見ただけで高価だと分かる品々が突如として出現した。──簡易なタイプの転移魔法であろう。
「こ、これはこれは、沢山の贈り物を感謝致します。コヒミ姫殿下も大層お喜びになっておられます」
基本的に貧乏性であるヨイは高級な品々に気圧されながら、似顔絵なんてチープなものを贈ろうと考えていた過去の自分を殴りたくなった。未遂で終わって本当に良かった。
「それではコヒミ姫殿下、私はこれで失礼致します」
役目を果たし、退室するかと思われた使者はヨイの方を見る。
「貴殿が奈良ヨイ殿であられようか?」
「……はい、そうですが、」
「少しお話が。外へ」
ヨイは困惑した。王の側近が自分の名前を知っていることがまず驚きであるし、それに加えて話などと……何がどうなっているのか全く分からない。
しかし王からの使者を無視するなど出来るはずもなく、ヨイはこくりと頷いてからコヒミを振り返る。
「コヒミ様。小生、少しの間退室させて頂きます」
コヒミは、父親からの贈り物などには目もくれず佇んでいた。ヨイが渡した問題集を皺が出来る程強く抱いて、俯いている。その顔には相変わらず感情はなかったのだが、ヨイには理解出来てしまう。
──悲しんでおられる
意外に好印象であった父親からの贈り物を前に何故そんなことになっているかまでは分からないが、ヨイはさっさと使者との話を終わらせねばと思う。
ヨイと使者は連れたって中庭の池へとかかる赤い橋のたもとへもやって来た。
「単刀直入に言おう。貴殿にはこれから王に仕えてほしいのだ」
ヨイはコヒミに仕えているが、広義では王の家臣である。なので使者の言うことは些かおかしいが、ここは屁理屈を言っている場合ではない。
つまりは、この使者の男と同じように王の側仕えとなれということだ。
「……それは、何とも急なお話にございますね。小生は目立った功績は上げていないと思うのですが」
願ってもない好機。少し前のヨイならろくに詳細を確認せずに飛びついていたことだろうが、流石に懲りた。慎重に相手の意図を探る。
「食事会でコヒミ姫殿下はずっと貴殿の話をしていらした」
「小生の、話を?」
「それはもう嬉しそうに、楽しそうに。貴殿の優秀さを褒め称え、自分をここまで導いてくれた賢人であると感謝されておりました。姫殿下の熱弁に、興味を抱かれた王は私に貴方のことを調べるように命じられたのです。……目立った功績がないとはとんでもない、貴方は大変優秀な官吏だ」
それから使者はヨイが難関な官吏の採用試験に優れた成績で首席合格したこと、コヒミの側近となる前は様々な分野の仕事に手をだして結果を残していたこと、つい最近では大寒波という災害に対しての様々な施策にヨイがほとんど関わっていたことなどを話し始めた。
そしてこう締め括る。
「何故貴殿のような方があの様な姫君の元へいるのか?」
“あの様な”という言い種にヨイの片眉が吊り上がると、使者は直ぐ様にすみませんと謝罪した。
頭を下げる姿に胸がすいたヨイは考える。
──姫君は我が野心に気がついておられる
聡いコヒミはヨイが出世したいこと、その為に利用されていることに感づいている。
その上で、圧倒的善意で、本来の性格を偽ってまで、現王である父にヨイを売り込んでくれたのだ。
コヒミが自分に親愛を抱いてくれていることはヨイは知っていた。自分もコヒミに対して情がわいているのも確かだ。
しかし、しかし──。
ヨイは出世する為に努力を重ね、田舎と両親を捨ててはるばる宮中までやって来たのだ。王の側近という美味しい立場を逃す手はない。
それに、せっかくコヒミが取り計らってくれたことを無下にするのも悪いし、ここで使者を拒否すれば王からの心象は悪くなりかねない。
「ヨイ殿、どう致します?」
使者は答えを急かす。
だがまぁ、一応考えてみただけで答えは既に決まっていた。
初志貫徹、ヨイは使者を見据えて口を開く。
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