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山田さんはカバンの中から一つの懐中時計を取り出して見せてくれた。銀の土台に金で紫陽花の花が象眼された、見るからに特注の懐中時計だった。
「俺が寺で目を覚ました時、丸1日寝ていたそうです。そして不思議と、夢の中で見たのとそっくりな懐中時計が枕元に置かれていたんです」
「どこから見つかったんですか?」
「それが、妙なんです。母が一度家に戻った時、倉本さんと亜由美さんが来て、『これ、山田くんのだと思うんですけれど』って手渡してくれたって」
そんな事、あるんだろうか。
「あの肝試しの夜、知らない間に亜由美さんのカバンの中に入っていたみたいで、昨日気づいたって。見つけた夜に夢を見て、『それを同行していた青年に渡せ』と言われて怖くなったとかで。処理に困って倉本さんに相談して、俺の所にきたみたいなんです」
「よく素直に持たせてもらえましたね、そんな曰く付きの物」
私なら多分怖いと思ってしまう。
けれど山田さんはとても優しい顔でその懐中時計を撫でた。
「多分、母も祖父も分かる人なんですよ。これが悪いものじゃなくて、俺を守ってくれる物だって分かったんだと思います。逆に、『絶対にこれを持ち歩きなさい』って言われるくらいで」
「それも凄い話ですね」
「冷静に考えるとそうなんですがね。でも、これのお陰かその後、俺に妙な事は起りませんし。それに、結構ついてるんですよ。絶対に落とせない試験でヤマが当ったり、どうしても受かりたい職場に合格できたり」
なるほど、それは確かについているかもしれない。
「逆に、半田先輩はあの後とにかく運がなくなりました」
「え?」
思わぬ話に私は顔を上げる。山田さんは困った顔をしていた。
「あの人、ドライブと偽って女の子を乗せて心霊スポットに行って、怖がる女の子を吊り橋効果で引っかけてたみたいなんです。まぁ、そういうことしてるとやっぱり……ね?」
「恨みというか、呪い的な?」
「かもしれません。7月になって半田先輩、1ヶ月行方不明になったんです」
「え!」
「大変な騒ぎで……結局見つかったのは、あの紫陽花屋敷でした」
祟られたのかもしれない。私はそんな気がした。
「大学生の一時的な失踪くらいでその時は収まったんですが、そこから運がなくて。サークルはその騒ぎで実態が明らかになって解散。先輩に乱暴されたっていう女の子達が纏めて訴えて負けて借金地獄になって、大学も退学」
「あの……その人今どうなってるんですか?」
思わず聞いてみると、山田さんは困った顔をして「どうなったんでしょうね」と呟いた。
今回の取材はこれでお終いになって、山田さんは普通に帰っていった。
けれど私はこの話を本当に世に出していいものか、とても迷っている。恐怖という意味ではほぼなくて、不思議な話。
何よりこれはジャンル違いな気がしている。だってこれは幽霊と山田さんの、一つの恋物語のように思える。
私が扱うのは怪異であって、恋愛ではないから。
「素敵な話だとは思うけれど、しゃーない! ボツで!」
仕方がないとは思ったけれど、何故か私は清々しい気分だった。
【END】
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