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 この日の夜はこちらに来て初めて一緒に母と寝た。正確に言うともっと前から寝ていたのだがいつの間にか隣にきていただけなので一緒に寝たという感覚はなかった。  扇風機と天然の風が来るといってもやはり今は夏。俺が抱きつかんばかりの距離でいたからか母はとっても寝苦しそうだった。  俺も気が付くと目が覚めていた。隣で眠る母の寝顔に安心する。 「ちょっと水を飲みに・・・」  そう考えて下に行こうとするが一抹の不安が過る。またあの声が聞こえるんじゃないかと。でもその為に母を起こすのはという思いと、ここまでしてくれたんだから気持ちよく寝てもらおうとして1人で行くことを決意する。  母を起こさないようにゆっくりと起き上がり、扉を出る。誰も居ないのを扉の隙間から確認してそっと部屋の外に出た。  階段を一歩一歩確かめながら降りる。その一歩は何かが来ても直ぐに元の部屋に帰れるように。  無事に下に着いた。周囲を見回しても何の物音もしない。俺はキッチンへ行きガラスのコップを持って蛇口を捻る。 『きゃはは』 「!!!???」   ガシャン!  今までよりも近くで声が聞こえた。そう思った瞬間に俺は走り出していた。何にもわき目も振らずに一直線に2階へ母の元へ。  階段を2段飛ばしで登り切り扉へ向かう。 『きゃはは』 「!?」  俺は泣きそうになりながら母が寝ている部屋の扉を蹴り開ける。  バン!  俺が考えていた以上の音が鳴ったがそんなことは構わずに母に飛び込んだ。 「んー?」  母は蹴り開けた音にも気付かず寝ていたが流石に抱きついたら起きたようだ。  彼女は寝ぼけているのかボーっとしていて動作が鈍い。しかし抱きついているのが俺だと分かったのか頭を撫でてくる。 「どうしたー。何があったの?」 「えっとね、あのね。実は・・・」  俺は耐えられなくなり全てを話した。 「そうだったのね」  母はそう言っているがあんまり深刻そうには見えない。もしかして伝わらなかったのだろうか。 「でも、その声は大丈夫。だってそれはスイノコ様の声だもの」 「スイノコ・・・様?」 「そう、スイノコ様。この島の守り神」 「え・・・でもなんで笑いかけてくるの・・・?」  あんな声で笑いかけて来なければ俺は普通にこの島で楽しめていたのに。なんであんなことをしてくるんだ。 「えーそれは・・・笑ってれば大地が一緒に笑ってくれると思ったんじゃない?それにこの島の人は皆スイノコ様を信仰してるからね。その声が聞こえるだけで笑顔になる人もいるからそうしたんじゃない?」 「そんな・・・これを止める方法ってないの?」 「さぁ・・・誰も止めようとしたことがなかったからね。いつの間にか止んでたって人しかいなかったと思うけど・・・」 「そんな・・・」  こんなのがずっと続くなんて嫌だ。怖い。もうこんな所にいたくない。 「俺、明日帰る。1人でも帰る。だから許して」  俺はもう泣いていたと思う。 「ダメよ。ていうか今日ので他の島との船は数日止まってるわよ?帰れないから諦めなさい。ちゃんとスイノコ様を受け入れれば大丈夫だから」 「なんでそんなに言えるのさ!俺にはただ笑いかけてくる怖い何かにしか思えないよ!」 『きゃはは』 「!?」  俺はまた声が聞こえた気がして周囲を見回すが何もいない。  母も周囲を警戒する様子を見て不思議そうにしている。 「突然どうしたの?」 「今声が聞こえた」 「スイノコ様の?」 「うん」  俺は恐怖心から電気を付ける。  電気を付けると母は眩しそうに手で電球の光を遮っていた。 「ちょっと止めてよ。眩しいでしょ」 「何で母さんには聞こえないのさ!」  俺は八つ当たりで母に当たってしまう。突然何処からか聞こえる声に気が立ってこの怒りを何かにぶつけてしまいたかった。 「私に当たらないでよ・・・。おいで」  母はそう言って腕を広げるが俺は八つ当たりしてしまった手前、飛び込めなかった。 「もう。しょうがないわね」  母はそう言って立ち上がり俺を抱きしめてくれる。  俺はそれだけで泣いてしまった。怖いような安心出来るような悔しいような嬉しいような。色々な感情がごちゃ混ぜになって心の内で渦巻いている。 「うう、ひっく、ぐすっ」 「ほーらよしよし大丈夫だって。最初は怖くても慣れるからー」  母が優しく抱きしめてくれる。  そうしているとじいちゃん達が部屋に入ってきた。 「でけぇ音がしたが何があった?無事か?」 「大丈夫ですか?」  二人は部屋に入ると直ぐに止まったようだ。 「何してるんだ?」 「大地は大丈夫なのですか?」 「ええ、ちょっとスイノコ様の声を聞いちゃったみたいで。それでちょっと怖がってるのよ」 「ホントか?それでさっき・・・」 「何かあったの?」 「ああ、神社に行った時に拝殿の中の住所を見たみたいでな。あれは何かって聞いてきたんだ」 「そういうこと。大丈夫よ。スイノコ様は大地の兄弟みたいなもんなんだから。酷いことはしないわよ」 「どういうこと?」  兄弟って俺は一人っ子だって聞いていたんだけど違うんだろうか? 「ふふ、今は言っても分からないだろうから。もう少し大きくなってからね」 「スイノコ様は俺達の幸せを祈っていて下さる方だからな。大事に扱うんだぞ」 「そうですよ。私も最初は怖かったですけど、スイノコ様のお陰で今があるんですから」 「そうなの?」 「ああ」「ええ」  じいちゃんとばあちゃんがそう言ってくるけど俺にはどうしても信じられなかった。笑いかけてくるよくわかんない奴らがいるだけでも怖いのに。 「それじゃあ寝るわ」 「おやすみなさい」  二人は部屋を出ていこうとするがそれを止める。 「あ、さっきキッチンでコップを割っちゃった。ごめんなさい」 「怪我はありませんでしたか?」  ばあちゃんが聞いてくる。 「大丈夫。だけどコップがそのままになっちゃってて・・・」 「いいんですよ。怪我が無ければ。私が片づけておくのでゆっくり休んでください」 「ありがとう」 「どういたしまして。それではおやすみなさい」  じいちゃんとばあちゃんは部屋を出て行った。  残された俺と母は未だに抱き合っている。 「それじゃあ今日はもう寝る?」 「うん。だけど手はつないでて」 「ふふ。いいわよ」  それから俺は母の胸の中で寝た。
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