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時刻は日付を変え、夜が深まっていった。寝室の真ん中に置かれたキングサイズのベッドには諒太を挟み込むように2人は寝そべっている。天井から見て左端、ベッドの淵に体を置いて啓一郎は考えていた。 明日の午前中に諒太を叱ろう。友人だけならまだしも親に暴力を振るうということは絶対に行ってはいけないことである。それはどの家庭もそうだと感じていた。数週間後には5歳になる。少々きつい言い方になるかもしれないが、その後は諒太の行きたいところを聞いて日曜日に連れて行くのも悪くない。友人だけでなく親と息子の間柄にも飴と鞭は必要なのだ。 頭の中に遊園地や水族館を浮かべていると、自然と眠気が襲った。ゆっくりと瞼が下がっては上がるを繰り返す。一度目を瞑ったかと思えば、次に目を開けた時に時刻は2時半を回っていた。子どもの成長に関わることを考えているとうまく寝付けない。自然と乾いた喉を潤そうとベッドから這い出た時だった。 (あれ、諒太…?) ぽっかりと穴が空いたように4歳になる息子の姿がなかった。トイレに行く際はどちらかを揺すって起こす諒太だが、美佐はこちらに背を向けて静かな寝息を立てている。少し探しつつも水を飲もうと思い、寝室から静かに出た。 明かりのない廊下を抜けてリビングに入る。隅に灯った白く小さな空間の真ん中に、寝間着姿の諒太が立っていた。冷蔵庫の照明を全身に浴びている。ソファーの裏から見ると、微かに体が動いている様子だった。 (もしかしたらお腹が空いたのかもしれない。) 開け放った冷蔵庫の中には諒太の好むチョコレート菓子が入っている。やはり叱る時間は短くした方がいいだろうか。子どもには必ず反抗期というものが訪れる。それが高校生の時に来る者もいれば、幼稚園児の時に来る者だっているのだ。仕方ないようにため息をついて、ゆっくりと諒太の元に歩み寄る。 「諒太、どうした…」 斜め上を見上げて異常なほど首を掻き毟る諒太は、目を見開いて冷蔵庫の縁を睨みつけていた。数歩下がって見たことのない息子の一面を知った。言葉を失って息が荒くなる。肌を削ぐ指先は4歳児が行える速度とは思えなかった。 「おい、やめろ諒太。」 傍にしゃがみ込んで小さな肩に手を置いた時、見上げていた諒太の顔がぐんと勢い良くこちらを向いた。思わず小さな悲鳴をあげてしまい、床に腰を落としてしまう。口をつむんで誰かに瞼を広げられているかのような目は、黒い球体を中央に浮かばせていた。あれだけ愛おしいと思っていた諒太の顔に一抹の狂気が滲んでいてひどく恐ろしく見えてしまう。静かな深夜の空間であるからこそ、肌を掻き毟る乾いた音が響いていた。誰かに操られているかのような横顔が、じーと唸る冷蔵庫の明かりに照らされる。 それから何とか諒太を落ち着かせるまで数十秒もかかってしまったのは、自分が知らない息子の一面がまるで理解できないからだった。
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