気になる存在

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 とりあえず朝食を取ろうと、駅の近くにあるカフェへと向かった。まだ六月ではあるが、風が生ぬるく、日差しも強い。少し歩くだけでも汗が滲んでくる天候に、来月はもっと暑くなるんだろうかと嫌気がさす。  カフェの中へ入ると、冷房の効いた室内が心地よく、ふうと人心地ついた。  お気に入りのチキンとゆで卵のサンドイッチ、アイスカフェオレを頼み、窓の外を眺めながらゆったりとした時間を過ごす。 (スーパーに行ったら、さっさと家に帰ろう)  サンドイッチを頬張りながら、何を作ろうかと献立を考え、食材を頭に浮かべる。  外に出るのはあまり好きではない。買い物や外で食事をすることは好きなのだが、一人で出歩いていると、望んでもいない相手から声を掛けられることがままあるからだ。  友人と一緒にいる際には、友人が私を庇うように相手をけん制してくれるものの、一人でいる際には当然自分で対処しなければならない。中には執拗に迫ってくる人もおり、自衛するためにも外を出歩く機会が少なくなった。  食事を終え、帽子を目深にかぶりスーパーへと歩き出した私は、昨日の出来事を考える。 (詩歩に相談しようかな)  信号を待っている間にスマートフォンを取り出し、友人である戸田詩歩へメッセージを送る。 『おはよう。相談したいことがあるんだけど、会えそうな日ってある?』  時刻は朝の九時半。休日の今日はまだ寝ているかもしれないと思ったが、思いのほか直ぐに彼女から返信が届いた。 『おはよ!さっちゃんが相談って珍しいね?今日の夜だったら空いてるよ!』 『ありがとう。私は何の予定もないから今晩でもいいんだけど、彼は大丈夫?』 『大丈夫!実はさっき“今日は友だちと飲みに行く”って言われて、夜どうしようかなーって思ってたんだ』 『それならよかった』 『どうする?Cosmosでご飯食べながらにする?』  お店の雰囲気が気に入ったと詩歩へ話したところ、彼女もCosmosを気に入ってくれた。時間が合う時には二人でお店に行くこともあり、そのうえでの提案なのだろうが、昨日あんなことが起きてしまった為、昨日の今日でお店には行きづらい。 『詩歩がよければだけど、うちに来ない?ご飯作っておくよ』 『さっちゃんの手料理!ぜひお邪魔します!!』  少し強面のくまが踊っているスタンプと共に送られてきたメッセージを見て、いつもと変わらぬ詩歩の反応に頬が緩む。  夕方の六時頃に自宅へ来ることになり、彼女が好きな料理を作ろうとスーパーへ入った。  食材を買い終え、自宅へと向かっていたところで、牛乳を買い忘れていたことに気づく。  自宅マンション近くのコンビニへ寄り、目当ての牛乳を持ちレジへ向かったところ、時々店内ですれ違う男性が会計を終えたところであった。 (あ、帽子の人だ)  彼はいつもネイビーのキャップを目深に被り、グレーのマスクをしている。少し緩めのスウェットを身に着け、足元は冬場でもサンダルを履いている。顔はよく見えないものの、立ち姿が格好良く、ついつい横目で見てしまう。気怠そうにしているくせに、妙な色気を放っており、彼に反応して振り向く女性客は多い。  彼を見かけるようになったのは約半年ほど前からで、初めて会った時の印象が忘れられず、たまに彼を見かけると目で追うようになった。  その日、詩歩と飲みに行く約束をしていた私は、少し早く家を出てしまった為、時間を潰す為にコンビニを訪れた。  雑誌を物色していると、窓の外から彼と五歳くらいの男の子が一緒にいる姿が目に留まった。最初は親子かと思い二人を微笑ましく見ていたが、どうやらそれは私の勘違いだったらしく、彼は一人で出歩いていた男の子を見つけて話し掛けたようだ。最初はにこやかに話していた男の子の顔色が次第に曇っていき、仕舞いにはぽろぽろと涙を零し始めた。 (あの男性が悪い人だったら、男の子が危ない……!)  いてもたってもいられず、コンビニを飛び出した私は、ゆっくりと彼らのそばに近づき、二人の会話を耳にする。 「ママが、いなくなっちゃった」  目を擦りながら男の子が男性に訴えると、男の子の頭を優しく撫でながら、男性が口を開いた。 「だいじょうぶだよ。お兄ちゃんが一緒にママを探してあげる」 「ほんと?」 「ほんとう。だから泣かないで?」 「……うんっ」  ようやく泣き止んだ男の子が安心したかのように笑顔を見せると、男性は持っていたハンカチで頬に流れていた涙を拭った。  私はその光景を見て安堵すると共に、男の子に目線を合わせて会話をする彼を“悪い人”だなんて思ってしまったことを反省する。 (良い人でよかった)  男の子が母親と訪れていた公園を探しに行こうという話になり、彼は男の子と手を繋いで、ゆっくりと歩き出す。  私はそのまま彼らに話し掛けることなく身を潜め、男の子を探している女性がいないか、コンビニ周辺を見て回ることにしたが、残念ながら母親らしき女性を見つけることはできなかった。  周囲を見回った後、コンビニへ戻ってみると、母親と男の子が手を繋ぎ、笑い合っている姿が見えた。男の子が母親と繋いでいない方の手を上げ、男性に向かって大きく手を振っている。 (よかった、ママに会えたんだ)  男の子が男性に向かって「ありがとう」と大きな声で伝えた後、彼も声を張り上げて「もうママの手を離したらだめだぞ!」と笑顔で手を振りながら答える。男の子は「うん!」と大きく頷き、隣にいた母親は深々と彼にお辞儀をして、コンビニを後にした。  遠ざかる親子の姿が見えなくなるまで手を振り続けた彼は、何事もなかったかのようにコンビニへと入って行った。  世の中には良い人もいるものだと、あの時しみじみと思ってしまった。  彼を見かける度にあの日の場面が蘇り、胸が少しだけ高鳴るのを感じる。好きだとかそういった恋愛感情ではなく、人間として憧れる存在。いわば“アイドルに会えたファン”の心境と似ているのかもしれない。  去って行く彼の背中を見送り、無事牛乳を買い終えた私は、わずかに弾んだ足取りで家路をたどった。
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