プロローグ

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「やっぱ、いないんじゃないの?」  壁の上に来て、もう三十分は経つ。 「まだ三十分しか経ってないだろ。それに今日は、前のとちがうヤツらがいっぱいいるし、きっとミホミホもいるね」  となりに座る宗助が、下を徘徊する連中の顔を、自前の双眼鏡でつぶさに確認しながら言う。  下を徘徊する連中、聞いた話では知能が低いらしく、「アウ……」とか「ウウウ……」とか、言葉にもなっていない(うな)り声を出している。  見た目も、着ている服がすっかりボロボロになって陰部が丸出しになっているヤツやら、頭が割れて脳みそがちょっと見えちゃったりしているヤツやら、その他諸々、とにかくマトモじゃない。  正直、こんなに長いこと見ているのは気分のいいものじゃない。それに、腐臭(ふしゅう)というのかなんていうのか分からないけど、この鼻を刺すような臭い。となりの宗助は、信じられないことに、それがぜんぜん気にならないらしい。  映画の世界なら「ゾンビ」と呼ばれているだろうこの連中は、正式名称を「活性化能動死体(かっせいかのうどうしたい)」といい、名前のとおりの動く死体である。  この活性化能動死体——略して活死体(かっしたい)——は一年前に日本で突如として発生した謎の現象で、当時は「世界の終わりだ」と騒がれ、来たる終末に色めき立つ者や絶望して自殺する者——同級生の女子もひとり自殺している——そのほかさまざまな形で世界中の人々がパニックに陥った。  その当時、中学一年生だった英人は、ニュースをとおして期待半分恐怖半分でその状況を傍観していたが、結局、二か月あまりで事態は収束し、延べ約二万体とも言われる活死体のすべてが、のちに造られた約480haの巨大収容施設に隔離された。  施設といっても、もとは自衛隊の演習場だったところを高さ3mの壁で囲ったおざなりなもので、ここに収容された活死体たちは、ほとんど放置されている状態だった。  放置されている理由はひとつ、「なぜ死体が活死体になるのか?」が皆目わからなかったからである。  当初は活死体を研究することで、人類の長年の夢である「不死」が現実のものとなるかもしれないという期待が寄せられたが、蓋を開けてみると、活死体からはウィルスや病原菌はおろか、遺伝子などの検査でもなんの異常も発見されなかったそうだ。  本来ならその時点で処分すべきだったが、国内外から、「活死体は死んでいるのか生きているのか?」「もし生きているのならば、処分ではなく虐殺になるのではないか?」などなど、さまざまな議論や反発があり、政府は、生きているように動く死体を処分することができず、現在の化学では解明できない謎をかかえた無用の長物である活死体は、臭いものには蓋とばかりに巨大収容施設に隔離——政府の言葉を借りれば「保護」——され、実質的に放置されることになった。  それが自分たちの住む小見町にあるというのは、いい気がしないけれど、多額の地方補助金を条件に、受け入れは容認されてしまったらしい。  そういった政治とかなんとか、大人の世界の話はよく分からないけれど、この話を聞いたとき、「本当に世界なんか終わってしまえ」と英人は思った。
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