きみとぼくの距離

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きみとぼくの距離

 窓の外。  青空に白く大きな雲が一つ、ふわりふわりと流れている。  そんな様を豪奢な玉座に座って眺めながら、アルトは溜息をついた。 「陛下! 聞いておられるのですか!」 「……ちゃんと聞こえてる。おまえほどまだ耄碌(もうろく)する歳じゃないよ」 「当たり前です! わたくしより先にボケられては困ります! あなたさまは我が国の頂点に立っておられる方なのですぞ! 即位して間もないとはいえ、民の期待を一身に背負っておられるのです。その多大なる重責は、わたくしたちには計り知れない緊張感と重圧感を常日頃から感じていらっしゃることでしょう。だからこそ時には息抜きも必要なのは重々承知してございます。お忍びで外出なさることは世情を知る上でもたまには良いことだと、これまで何度も眼を瞑って参りました。ええ、だがしかし、しかしですぞ!」  くどくどくどくど文句を並べ立てられてうんざりしていたら、次には声が一段と跳ね上がっている。  アルトは思わず耳を塞いだ。  はずなのに、自分の後ろに控えていた人物が、くすりと笑ったのが聞こえた。 「王ともあろう方が港の祭りに参加した挙句、地元の釣り師たちと競い合って優勝するわ、子供たちと浜辺で泥まみれになるわ、宴会に参加してワンマンショーを繰り広げるわ、お忍びでそんなに目立った行動をしてどうするんですかっ!!」  悲痛なまでの叫びに、アルトは老執事の額からプシュッと一筋の血液が噴出したように見えた。 (ヤバイ。こりゃまた、ひっくり返っちまうかもしれん)  実は何度も頭に血が上った挙句、泡を吹いて倒れたことがあった。  根が真面目なだけに規則と秩序を重んじる人で、より良き王とは何たるか、常にそれを追求し補佐せんがため日々を務めているのだ。  アルトはその実直さが好きなので、できることなら彼の理想に沿ってやりたいのだが、そこはそれ自分の性格を曲げてまで頑張る気はないのである。 「まぁまぁ、落ち着いて。一回深呼吸してみなよ、タリス」  やんわり言う王に、この道五十年はなろうとする執事・タリスは、がっちりと握っていた拳から自然と力が抜けてしまい長い長い息を吐いた。  その様子を見て、アルトはさらに優しい声音で続けた。
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