おまえとオレを絶つ闇

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 わざとらしく、ぶうっと膨れっ面をした息子に母親は肩をすくめて素知らぬふりをする。子供染みたことをして構ってもらおうと思ったのだが、あっさり無視されてロイは溜息をついた。  土地を管理するのは領主の仕事だが、かといって村の一つ一つを警備させるなど、そんな手間も人員もかかる作業を普通は行ったりしない。特別な理由があるからこの村は警備されているのだ。  だが純粋な村人たちは何の疑問も持っていなかった。この母も。  ロイはその特別な理由をもちろん知っていた。 「それで今日はどうしたの? あなたのお役目は簡単に休暇など取れないでしょうに」 「うん。確かに休暇が取れたわけじゃないんだ。仕事のついでにね、ちょっと寄ってみたんだ」  首を傾げた母親にロイは笑顔を返すだけで、それ以上話そうとしなかった。もちろん母親も追及したりしない。息子が携わる仕事は一領地を守る警備隊よりも遥かにその責務は大きいのだ。肉親であっても簡単に内容を明かすわけにはいかない。  それにロイは、たとえ仕事で近辺に来ていようと任務中なのだから故郷の家に立ち寄ることなどまずしない人間だ。帰ってくるならきちんと休暇を取ってくるはずだ。それなのに足を運んだということは何かあって然るべきだった。  二人はしばらく静かにお茶を飲んで過ごした。  ロイは開け放たれた窓に視線をやり、小さな庭に母親が丹精込めて育てている花々を眺めていた。その空間は昔と変わらずゆるやかな時を刻んでいる。風に揺れる葉を見ていると少しだけ羨ましく思った。ただ自然に促されるまま生きている植物たちと自分たちとを比べてしまったのだ。 (詮ないことだ。オレたちは考えて動いて話すからこそ生きている。じっと大地に根付いて風に揺られているだけじゃ物足りない。ああ、だけど理不尽を感じることもあるか、花でも)  たとえば雨に打たれて、強風にさらされて、理不尽にもなぎ倒されることがあるだろう。根付いていたくとも人間に勝手に手折られることもある。  ずっと自分の隣にいたはずの大切な人は、草花のように強引に引き抜かれ連れ去られてしまった。  そうやってアルトは力ずくで両親から引き離され、内乱に巻き込まれ、王座に放り出されたのだ。  ロイは、取り戻すために彼を追いかけ、戦火の中、再び隣にいるための地位を手に入れたはずだった。
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