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「……なんで王城に上がることを突っぱねなかったんだよ。こんなところに来たって環境が違いすぎて疲れるだけだ。これはおれが採決したわけじゃない。嫌だったら閣僚たちに取り消させることはできるから。……無理しなくていいんだよ」
最後には優しい声音で両親を見下ろしたアルトに、わずかばかり顔を上げた母親だった人が穏やかな口調で言った。
「いいえ、陛下。わたくしたちは少しでも陛下のお傍にいられるならと、大臣殿のご提案をお受けしたのでございます。それに騎士どののご配慮で第一区画でも貴族さまのお屋敷から離れた場所に住居を構えていただき、その上仕事の紹介もしてくださいました。陛下にはいらぬ心痛をおかけしてしまうかと存じますが、何卒お傍に控えさせていただきたく、わたくしどもの願いをお聞き届けくださいますよう、お願い申し上げます」
そうして深くお辞儀をした二人に、アルトは唇を震わせながら同じように床に膝をついた。
そっと二人の肩を抱いて呟く。
「わかった。ありがとう……」
何度も振り返って名残惜しそうに帰って行く二人の姿を、じっと微動だにせず見送るアルトの背中は気丈に自分を叱咤しているように見えた。
決して泣かぬと繰り返し暗示しているみたいだった。
ロイも拳を握り締め、じっと耐えていた。その背中を抱きしめたくなるのを。
「……手配、みんなおまえがしてくれたのか?」
こちらを見ないままアルトが言った。
「はい。お二人とは気心が知れておりますゆえ」
「今はおれたちだけだ。普通に話せ」
振り返ったアルトの瞳に涙はなかった。ただ赤く潤んでいた。
ロイは眼を逸らし、ぽつりと呟いた。
「……村の家のことなんだけど」
「うん」
「取り壊すことになってな」
「壊すって……」
「うん。オレもつらいよ」
「ロイ……」
「だからさ、オレの親に頼んで家財道具とか小物とか、おばさんたちが残しておきたいものをうちで保管することにしたから。今の家には一切持ち込まないようにされてるからさ。そんなの、おばさんたちも寂しいし、オレの親も何もなくなるのはつらすぎるって協力してくれたんだ」
視線を合わせられずに、ぽつぽつと話していたロイは、突然身体に衝撃を受け驚いて顔を上げた。
頬に当たるやわらかな黒髪とあたたかな体温。
アルトが自分を抱きしめていた。
「ありがとう。ロイ」
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