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耳元で囁かれた声は少し震えていた。
ぎゅっと抱きしめられ、ぬくもりが全身に伝わってくる。
とても心地よかった。ずっとこのままでいたいと思った。そしてこの腕で思い切り抱きしめ返したいと思った。
「おばさんたちの働き口はうちの団長のところなんだ。ほんとは王城でおまえの世話をさせてあげたかったけど」
ロイは言いながらアルトの腕を軽く叩き、ゆっくりと引き離した。
まだ肩に手を置いた状態のアルトがじっと見つめてくる。
「二人の立場は表向き、おばさんが乳母だったとしか形づけてあげられなかったから、その身分で王城に入ることはできなかった。でも大丈夫だ。団長はあのとおり厳しい人だけど面倒見のいい人だから、二人のこともちゃんと見てくれる。心配しなくていい」
こくりと頷いたアルトは、視線を下げたもののロイから離れようとしなかった。
ロイは戸惑いながらも自ら身体を引いて遠ざかろうとしたが、できなかった。肩に置かれたアルトの手に力が込められたかと思うと、ふわりと唇を覆われた。
「ほんとに、ありがとうな」
小さく唇を噛み締め、はにかんだ笑顔を向けて、アルトはすっと離れていった。
ロイが思わず伸ばしかけた手は空を切り……。
何故、こんなことになったのだろう。
何故、愛しい人を抱きしめられないのだろう。
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