きみとぼくの距離

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 やわらかな視線に見つめられてもアルトはグッとお腹に力を入れてさらに睨みをきかせた。 「いいじゃないか、遊ぶだけで。なのに、この間だって色街のねーちゃんたちを買収して大臣の館に乱入させてさ。それを王の計らいだとかぬかして明け方まで強制的に騒がせて。大臣ら家族みんな寝込んだそうじゃないか。あれからあの人ってばおれのこと見るたびに奇妙な顔して眼逸らすし、ねーちゃんたちからは頻繁に手紙が送られてくるから側近たちが呆れ返ってるしさ。王の立場なんてあったもんじゃない」  ふくれっ面で抗議をしてみるが、騎士団隊長の薄く笑んだ微笑は一向に崩れない。むしろ楽しんでいるように見える。  いくら文句を言ったところで堪えることがないと承知してはいたが、かといってこのまま黙っていたのではあまりにも自分が可哀想だ。  立場は国中で一番高い位置にあるというのに、今ここにいる自分はあちこちから責め立てられて立場などまったくないように思われる。  それもこれも騎士団の中でも剣技に長けた者に贈られる最高位の称号『剣聖』を持つ騎士・ロイが、何かとアルトの行動の邪魔をしたり歪曲したり誇張したりなどと、王としての評判を貶めているからだった。  なぜそんなことをするのか。  薄々気付いているアルトだったが、だからといって今の現状ではどうしようもないことをロイだってわかっているはずなのだ。  それなのに。  さらに言い募ろうと口を開きかけたアルトだったが、諦めの溜息をつくと大きな玉座の肘かけにもたれた。 「……おまえさ、そんなにおれが王さまになったのって嫌だったのか?」  途端にロイが真顔になる。  視線を床に落としているアルトは気づかない。 「そりゃ最初は絶対に王さまになんかならないって、ならないようにおまえと色々考えてバカなことやったり資格ないんだってアピールしまくったけど……だけど、どうにもならなかったのはおまえもわかってるだろ? 納得したはずじゃないか。それをいまさら」  アルトの顎にすっと指がかかった。持ち上げられてアルトは視線を上げた。  間近にあった端整な美貌のその眼が軽く伏せられる。  唇をやわらかく塞がれ、アルトはゆっくりと瞬きをした。  ほんのわずかな間だった。  次に眼を開いた時には、ロイはアルトを見下ろすように立っていた。 「納得なんかしていない。できるわけがない」  一言吐き出して、ロイはマントを翻し扉へと歩いて行く。  ぼんやりとその後ろ姿を眺めながら、アルトは口中で呟いた。 「バカやろ。だったらなんであの時一緒に逃げてくれなかったんだよ……」  広い空間の絢爛豪華な装飾に囲まれた中で、人々の尊敬の眼差しと賞賛の声を浴びているはずのアルトは、たまらなく寂寥感に苛まれた。  ゆるゆると自分の身体に腕を回して抱きしめながら、それでも唇に残る温かさを切ないほど愛しく感じていたのだった。
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