きみとぼくの境界線

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きみとぼくの境界線

 さあ本日もいつものように同じ顔ぶれが、同じ状況下で同じ会話を繰り広げ、同じ思いを抱えるという一日が始まった。  城内の執務室で、大きな欠伸とともに伸びをする御仁に、広い書卓をはさんで突っ立っている大仰な肩書きを持つ大臣三名は、冷や汗をかいたり気難しい顔をしたりで落ち着きがなかった。  それもそのはず。  大事な案件を前に、承諾を得なければならない上官が一向に耳を傾けてくれないのだから。 「陛下、そろそろご採決願えまいか。これ以上引き伸ばしますれば隣国とて痺れを切らしてしまいますぞ」 「さようでございます。このままではわが国の燃料となります石炭や油の輸出を止められてしまいます。この条件を飲まなければさらに手痛い要求を出されること必至でございまするぞ!」 「それだけではありませぬ。協定を結びましたるわが国と隣国の間に亀裂が走れば、諸外国がそれを黙って見過ごすはずがありませぬ。必ずやわが国に取り入ろうとする者、翻って隣国に加担し、わが国を取り込もうとする者が現れまする。そうなっては国力の低い小国では、たちまちにして存続が危ぶまれます! わが国の行く末は陛下にかかっているのでございまするぞ!」  三者三様、これでもどうにか平静を保って進言したつもりだった。  本当はもう、老朽化した血管が今にも切れてしまいそうでヒヤヒヤものなのだ。  ところが相手はそんなことお構いなしである。  隅で控えている従僕が入れてくれたお茶をがぶ飲みしながらそっぽを向いている。椅子を窓辺まで移動させ、眼下に広がる果樹園をぼんやりと眺めていた。 「陛下! いつまでそうしているおつもりですか!」 「うるさい」 「は?」  国王の口からくぐもった声が洩れ聞こえ、三大臣は耳元に手を添えながら揃って前のめりになった。聞き逃さぬようしっかり耳に神経を集中させて。  そうして次に聞こえてきたのは、ずずっとお茶をすする音。さらに。 「うるさいっての、バカたれ」  瞬間、空気がピキッと固まった。  一体今のは誰の口から発せられたものだろうか。  三大臣が重心のかかった右足で懸命に踏ん張っているのを、隅に控えていた従僕は気の毒そうに見つめていた。  我感ぜずの国王は、視線を窓の外へ向けたまま右手の指で退屈そうに髪を弄んでいる。 (あいつ、またどっかへ消えやがったな。職務怠慢もいいとこじゃん、ったく)
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