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つまりは結局
▪四章より弥一×白夜
▪ほのぼの。
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夏らしい生温い風に煽られ、風鈴が静かに鳴り響く室内。
常、涼しい顔をぶら下げている彼も、どうやら今日は違ったらしい。
「もっと扇げ。暑い」
「これ以上ですか? 我儘な……」
不機嫌な顔を彼女の膝に乗せ、団扇の風に撫でられる。
格子柄の丸窓から漏れだした陽射しはやけに強く、室内で休む彼等を容赦なく照らした。
流れ出る汗のせいで、衣服が身に纏わりつく。その感覚が煩わしいと、舌打ちばかりを繰り返す。そんな彼を見、彼女は優しく微笑むばかりだった。
「いい天気ですね。夏って感じで……」
「こうまでなると鬱陶しいと言うんだ、阿呆」
「ふふっ……たまには鬱陶しいのも悪くない。そうでしょう?」
ふと額に置かれた手のひらに、彼の顔が歪む。だが、その手の優しい動きに感化され、言葉どころか生じた反抗心ですら奪われて。
「おい……貴様、」
団扇を置き、自分を膝から退けようとする彼女を止めようと咄嗟に掴んだ手。色は違えど青色同士の視線が重なった。
刹那、彼女は柔和に微笑み、その口を開いたのだった。
「そもそも、こんなに暑いのにくっついて来たのは弥一さんの方ですよ?」
「あ? どこがくっついてると言うのか」
「じゃあ、そろそろ離れましょっか」
「!」
いきなり足を退けられ、彼は床に後頭部を強打した。
彼がそうして怯んでる隙を見計らい、彼女は彼の隣に勢い良く寝転がる。そうして、睨まれた先で無邪気に笑顔を咲かすのだ。それは悪戯好きな子供のように。
「膝も腕も疲れました。休憩です」
「ふざけるな。お前の意見など聞いちゃいねぇ」
両手で頭を思い切り鷲掴みにされ、彼女は痛い痛いと喚く。だが、その表情はとても楽しそうだ。
「これじゃ余計に暑さ増しますぅ~!」
「だから休むなって言ってんだろうが!」
「ふえぇ~っ!! 私の暑さは無視ですかぁ~!?」
「当たり前だろうが。弟子が師に逆らうなや!」
「師が弟子を敬わなきゃならない時もある筈です!」
「ねぇよ。だからさっさと膝出せこの馬鹿小娘!」
仲が良いのか悪いのか……そんな戯れ合いは五分と持たず、終わった頃には二人、大粒の汗を身体に張り付け、息すらも切らしていた。
「はぁ……ったく」
「ん……何処行くんですか?」
「決まってんだろ。水風呂だ」
「やだ、これ以上動きたくないです~!」
「一々突っ掛かって来るな。休ませてやるって言ってんだから早くしろや!」
片腕で首を絞められるかの如く引かれ、彼女は潔く諦め、そして深い溜息を溢す。どうせ、休ます気なんかないくせに……と、言葉を乗せて。
そんな微笑ましい一部始終を外から聞いていた善吉は、洗濯物を干しながら思うのだった。
そんなに暑いなら離れればいいのに、弥一も餓鬼だな。と。
「結局こうなるんですねぇ……」
「はっ、暑さは消えたろうが。文句は聞かねぇ」
「休ませてはくれてないでしょ?」
「喚くな。奴等に聞かれたら厄介だ」
「んっ、」
首筋を滑らかになぞる舌に、彼女の身体がぴくりと反応した。
浴槽内で強く抱かれた腰。彼の膝に置かれているのに、体温は確かに感じられない程に冷めている。
だが、この数十分先を読めば、身体が火照る。つまりは結局、暑くなるばかりじゃないかと、彼女は本日二度目の深い溜息を溢したとさ。
END
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