手離せない理由

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手離せない理由

▪日常文。 ▪四章終盤より隼人×白夜。 ▪切ない。 ━━━━━━━━━━━━━━━     風が穏やかに靡く縁側で、二人は何をするでもなく暇を潰していた。 「隼人ってさ、」 「おう」 「何で煙草吸うの?」 「あん?」 随分と今更な質問だと、彼は唖然とした。 けれども、目の前にいる彼女は至って真剣。 いつものようにきょとんとした顔で首を傾げ、紅眼を凝視するばかり。 「気がつけば吸ってる以外に答えようねぇわ」 素っ気なく答えた彼に、彼女は「ふふっ」ともの柔らかく微笑んだ。 「格好つけとかじゃないんだねぇ」 「そうする必要ねぇしな、俺の場合」 幸せそうに弧を描いた碧眼と、余裕を魅せた紅眼と…… 自然と白夜に伸びた手はわしゃりと頭を鷲掴みにした。 「そうだね……充分にかっこいいからね、隼人は」   照れ臭そうに頭を撫でられ続ける彼女に、彼が恋情を覚えたのはいつの日か。今も冷めやらぬそれに、底知れない安堵を抱く。 「止めないの?」 「煙草?」 「そう、煙草」 「止めねぇよ」 「桜ちゃんの身体に悪いよ?」 「関係ねぇわ」 「……そう、」 然り気無く手を退かれ、向けられた背。 揺らぐ名残惜しさは煙となって宙を漂い、その紅眼から跡形も無く消えていった。 それがまるで、白夜と自分の未来を暗示しているようでーー堪らなくなるのだ。   「止められねぇんだわ」 「へ……」 引き止めるように漏らされた台詞はどこか物憂げで、彼女の爪先が不意に止まる。 「好きなもの程、終わりが虚しい。そんなの身に染みて解ってる事だろ。だから止められねぇんだよ」 そう呟いた隼人は心做しか寂しそうだった。 それがらしくないと思う白夜は一歩を踏み出せず、 結局またその場に……、彼の隣に戻って来てしまい。   「じゃあ、仕方ないよね。そうなら、止めなくていいんじゃないかなぁ」 力無く笑って、空を眺める。 それが隼人の言葉の真意を読んだ上での言動なら、余りにも残酷だ。けれど当の本人も、それを悪意とは取らずに笑うのみ。   「……傍に居ろよ」 「…………」 「あともう少しだけ……傍にっ……」 願うように、求められるように握られた手に彼女は一瞬困惑した。けれども、彼のこんな弱々しい姿を知ってるのも、受け止められるのも、作ってしまったのも、全部。自分だから。 そう握り返した手に、隼人は心底安堵を刻まれ、口角を釣り上げる。まるで子供。こんな何気ない仕草で喜んでくれるなんて……と、そんな風に飾らない彼もまた、この世で唯一人。白夜しか知らない。 だからつい、言葉を引き摺り出されてしまう。 「……宗君に振られない限りは、」  「…………」 「いると思うよ。この街に……、傍に」 虚を映した碧眼は、紅眼を一心に貫いた。本音を曖昧に濁した台詞は彼の恋を密かに掻き狂わした。 これ以上はと、彼女は敬遠のつもりだったのだろう。 けれど、それを刺激としてる隼人にその効果は無くーー寧ろ、逆効果なのだ。 「振られた暁には戻って来い」 「ん……」 「そしたら俺も、人間辞める覚悟をつける」 彼女は解っていた。隼人の言う“人間を辞める”意味を、他の誰よりも、きっと。 「私は、真っ当に生きてる隼人を壊したくない。 好きだもん……、日向の世界でのんびり、幸せそうに笑ってる隼人も」 だから、虚構のままに微笑む。そうすると、彼女を映していた紅眼は退屈そうにそっぽを向いた。 「あっそ」 「うん……」 自然、そこで途切れた会話。 けれど互いに、手を離すタイミングを見失ってしまったようだ。 「それでも俺は、復活戦を希望をするけどな」 「えっ、」 指を絡めながら悪戯に吐かれた言葉に、白夜は思わず拍子抜けした。そんな彼女を見、無邪気に笑う彼はやっぱり純粋な悪鬼だ。 「手離したくねぇから。何があっても、お前と煙草だけは」 見る見る優しくなる紅眼(色)に染められていく頬。 「煙草と同列に扱わないで欲しいけどね」 不貞腐れるように反らされた視線に、またもや彼は悪戯に声を上げて笑う。 離せずにいる手。内罰的な彼女は、彼に感情を与えてしまった罪から逃れる事が出来ずいるのだった。     END
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