ジレンマに浸かる

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ジレンマに浸かる

▪日常×シリアス。 ▪過去編より幼少期白夜×千里×隼人。 ▪暗殺描写含む。閲覧御注意。 ━━━━━━━━━━━━━━━ 『あの少女に殺人は重過ぎる。貴方様自身が後悔したくなくば、仕事量を減らすべきかと』 忠臣の物珍しい忠告を千里は頭の片隅に置きながら、今日も血を浴びさせた。何よりも愛しき少女ーー元い、化物に。 「よくやったな、白夜」 ひとつの骸を前に、刀を握る少女の頭を撫でる。 その刃からは血が滴り、美しく輝く金色の髪さえも今は生温い血飛沫に染められていた。 「後は焔に任せよう。帰るぞ」 千里の向けた微笑みに、少女は苦々しく笑い、手を握る。その指が、身体が僅かに震えていた事を彼は見逃さなかった。 「まだ慣れないか?」 返事は無い。力無く左右に振られた首に、彼は後追いする言葉を発せず、その手を引く。 既に少女は、数ある依頼を大の大人と変わらない程にこなしている。だが、未だ殺人行為に抵抗を感じているのだ。 暗殺組織に身を置く以上、このまま居たのでは長く持たない。使い捨ての駒ならば、然程の感情は持たないけれど、それがこの少女と言うのならば話は別だ。 孤独を殺してくれる、自分だけの玩具。玩具箱になんて戻すつもりは端からなくて、だから仕事だって必要以上に与えている。早く、こちら側の人間にせねば少女は壊れて、使い物にならなくなってしまう。 そんなのは絶対許されない。と、彼は歯痒さを胸に押し込め、少女の身体を抱えた。 「自分で、歩けるよっ……」 彼からしたら、少女への愛情表現のつもりだった。 だが、目も合わせない上に嫌そうな顔を見せられてしまっては、苛立ちが込み上げるばかりだ。 いつまで経っても、どんな支配も敵わない少女。 ふと許せなくなって、その身体を地面に落とす。足蹴にし、その小さな手を力任せに踏みつけ、見下ろしては睨む。痛み以前に恐怖に歪んだ少女は、揺れる瞳の中で彼の紅眼を見開くように映していた。 「ならば歩け。一人で歩いてみせろ、永遠に」 その言葉で、少女は一瞬にして絶望の淵に晒される。足に咄嗟にしがみつき、彼の歩みを止めた。 ごめんなさい、ごめんなさいと壊れた機械のように泣き叫び、彼を求める。もう孤独には、死んでもなりたくないと。 彼はそんな少女の姿をじっくりと堪能した後、哀れな化物だ。と、嘲笑を潜め、彼女を再び抱き抱えようとした。刹那、 「そんな餓鬼虐めて楽しい?」 夜風が運んで来た低声に、千里の顔が一瞬にして嫌悪感に塗れた。対照的に、少女の顔は驚愕に満ち、先程までの鬱めいた表情は一気に鳴りを潜めた。 「何故お前が此処に居る?」 「餓鬼から聞いたから」 千里が腕に抱えた少女を見遣る。申し訳無さそうに笑い、ごめんなさい。と、さっきとは意味も重さも違った謝罪に、二の句が継げず。 「暇潰しに手伝ってやろうと思ったのに」 「余計な世話を焼くな」 「暇潰しって言ってんだろうが」 御機嫌そうにククリナイフを振り回しながら、自分達の方へと向かって来る彼を、少女は愛しげに見つめていた。その視線が、行動が、思考が、感情が、全てが理解出来ない挙げ句、許せない。許せなくて、早くひとつでも自分色に染めてしまいたくてーーそんな時、焔のふとした忠告が脳裏を過るのは何故なのか。 そして、その忠告に楔を打たれたかのように自制心が膨れ上がるのは何故? 「まだあるんだろ?」 「ないよ。これが最後」 「なるほ。つまんねぇな」 「わっ!!」 呆けていれば奪われ、連れ去られていく少女。見つめる隼人の背に憎悪心ばかりが沸き上がる。また、“白夜”を奪われるのかとーーあれは所詮紛い物で、本物では無いのに。 「一人で歩けるっ……」 そう呟きながらも、隼人の首に小さき腕を回し、しがみつくように抱きつく。そんな少女の仕草がまた、千里の憎悪に拍車を掛けた。 何故、思い通りにいかない? 日の当たらない環境で育て、自分だけが陽なのだとこれでもかと言う程、教え込んで居ると言うのに。嗚呼、許せない。許す訳にはいかない。二人共、死ぬ程憎たらしくて仕方がない。 「千里様っ……!」 返せなかった返事。物憂げに向けた視線に、少女は温かく微笑んだ。 「帰ろっ……?」 わたし達の、お家に。 その一言に、どばどばと融解されていく憎悪心。 (……軽いな。我ながら、浮かされてるものだ) だけど、その言葉は少女しか持たない、紛い物にしかない優しさ。温度。だから。 「ああ。三人で飯だ」 今はまだ澱ませておいて、そこに滞るのも悪くはないーーと。彼は溜息を溢し、笑ったのだった。 そしてその日を境に、自分が血に染まる夜がほんの少しだけ減った事を、少女は知らない。 END
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