鬼の甘えを抱く

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鬼の甘えを抱く

▪朝陽if章突入編より白夜×弥一。 ▪暗鬱×シリアス×日常。 ▪精神崩壊場面含む。閲覧御注意。 ━━━━━━━━━━━━━━━ 今更、始まりを憎んでも仕方がない。 愛し合った過去を幾度なく殺しても、結局、生き返って来る。 殺したら、殺した分だけ貴方は蘇って来て、そして言うんだよ。 「俺が愛してるのは、君だけなんだ」って。 時に笑って、時には泣いて……そう言うの。 残酷だから止めてって叫んでも、止めてくれやしない。 自分の過ちは棚上げで繰り返されるそれに、「だったら、どうして?」と、言葉を繋げるのも、疲れちゃって…… いつからか、憎悪感が生じるようになった。 愛が免罪符になるのかよ。私を愛してるから、何? それで全てを許して下さいと言うのなら、お前は用済みだって捨てられる方が、万倍も引き摺らなかったよ。 ねぇ、君は愛が全てなの? それだったら愛なんて、もう要らない。欲しない。信じない。信じて堪るか。 ……許せない。だから殺すの。今日も、愛を伝えに来る貴方を殺すんだ。優しくなんて、もう出来ないから。優しくなんて、もう、されたくもないからーー 『白夜、俺が愛してるのはーー』 『ごめんなさい、宗君。さようなら』 ーーーーーーーーーーーーー 時計の短針が四時を指した頃だ。悪夢に魘されていた彼女は、思わず飛び起きた。 (またっ……) 太鼓を鳴らされたように激しくなった鼓動に、呼吸を乱される。 余りの息苦しさに思わず藻掻き、握りしめたシーツは皺を大きくしていく。 朦朧とした意識。彼女は瞬く間に自我を奪われ、壊れた機械のように同じ言葉を呟く。 「…………いっ……、……ん……い、ご………な……っ、……んな……、 ごめ……なさ……ごめんなさい、ごめんなさいっ、ごめんなさいごめんなさいっ、ごめっ……あ"あ"ぁ"あ"あ"ぁ"あ"ぁ"ッ!!」 それは次第に叫び声へと変わり、彼女は頭を掻き毟り、土下座するかの如く、床へと頭を打ち付け始めた。 「お前……何してるんだ?」 威勢良く開かれた襖。そこには、仕事に出ていた筈の弥一がいた。血の気が引くような彼女の異常行動に、普段は動揺知らずの彼も焦りを隠せていない。透かさず駆け寄り、背後から両手首を掴んだ上で彼女の身体を起こす。 そうすると、彼女は泣いていた。大粒の涙を流しながら、謝罪の言葉を何度も何度も繰り返していた。 「誰に謝ってるんだ、貴様は……目を覚ませ。此処は現実だ」 「ごめんなさい、ごめんなさいっ、ごめんなさっ、」 「おい、阿呆娘。気を確かにしろや!」 「ごめんなさい、ごめ、なさいっ、ごめんなさい、ごめんなさいっ、あ"あ"ぁ"……!!」 嗚呼、またこれだ。今回は悪夢に自我を奪われたのか……、と。 彼は歯痒そうに、牙を剥く。届かない声。認識されない自分の姿。 過去の幻影に全てを覆い尽くされ、今在るべき彼女の人格すらも奪われていく。彼には、それが一番許せなかった。 器だけの女は要らない。魂無き彼女に、価値は無い。けれど、彼女にはどうしても、以前の姿を取り戻して欲しくてーー放っておけない。突き放せない。離れられない。 「!!」 だから、衝動任せに抱き締める。言葉は無い。それがらしくない行動だと解っているのに、普段なら死んでもする気のないような行為、なのにーー彼女に、現実を見て欲しくて。例えばそれが、目を背けたくなるような生き地獄であっても…… 「……苦しっ……」 「…………」 「弥一さん……?」 「……地獄か?」 「はい?」 「此処は、貴様にとって……地獄かよ?」 自我を取り戻したであろう彼女に、彼は問った。 無言の沈黙。彼女は暴れていた記憶がない故に、何故自分がこんな状況にあるか、上手く飲み込めていない。 だが、弥一の神妙なその問いと、らしくない抱擁。定まらない自呼吸。その三つだけである程度の事は察しがついたらしい。 「鬼が、居るから……地獄だね」 だから、言葉を紡ぐ。彼にこれ以上、負担を掛けないようにと。 「……迎えに来てくれて、ありがとうございます」 「…………」 「地獄案内……してくれますか?」 貴方だけしか知らない天国を、もっと私に教えて下さい。 そう握られた手に、鬼が安堵し、甘えを見せた事を彼女は知らない。 「寝るぞ」 「このままで、ですか……?」 「たまには、貴様がーー」 抱く側になれや。 そう漏らされた言葉に、彼女はふと笑みを溢して、彼を胸にしまいながら夜明けを迎えたのだった。 END
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