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集る蝿、蹴散らせ人魚
・復讐断罪編より霙×白夜。
・仲良し義賊団日常×駆け引き×らぶ?
・ちょい長め。
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「何でこうなるかなぁ……」
「何が~?」
「今日はゆっくりしたいって言ったのに……」
一般人じゃまずお目にかかれないであろう豪華なシャンデリアの下、白夜は口を尖らせるかの如く文句を垂れていた。
豪勢に並んだビュッフェは、全て一流シェフが端正込めて作ったものだ。そこに右倣えのシャンパンやワインなんかも全品ブランド物であり、超一級品であるのは間違いない。
「いつもゆっくりぶぅちゃんしてるでしょ、白夜は。それより、霙の蝿避けになれる事を光栄と思いたまえ」
「蝿避けって……いつも女を侍らせてる人がよく言えたものですね」
馴れ馴れしく腰を抱いて来る霙を無愛想に払い除け、白夜は皿を置いた。
「あれ? もう食べないの?」
「はい。御馳走様でした」
「あっ、白夜ってば! 待たないと部屋戻った時にこちょこちょエルボーの刑だぞ~?」
「こちょこちょだけなら兎も角、エルボーとかどんだけ殺意湧かせる気ですか? 止めて下さい」
「じゃあ止まって? 霙必殺技ボンバーボンビ~光線くらわすよ?」
「効かなそうですね。幾らでもどうぞ」
「じゃあお構い無く……ボンビ~カルシウムこうせぇ~ん」
「技名変わってますよ。カルシウムどうもサンキュです」
「あぁっ、もう……カルシウム欠乏症になってよぉ白夜~。そして全身複雑骨折で霙にお医者さんごっこされろー」
「たったそれだけの為に、部下の命を危険に晒そうとしないで下さい。ドン引きしました、さようなら」
「からの、再び言っちゃう『こんにちは』」
「じゃあバイバイですね、さよならバイバイ」
「からの、再三言っちゃう『おはよ「うるさいです」
溜め息だけ滴らせ、上役をガン無視で歩く部下。それをあの手この手で引き止める上役。これでは、誰が蝿かも解らない有り様である。
二人にとっては、よくある日常。いつもの戯れ合い。
けれども今日は、今日だけは、舞台が違う故にいつも通りには行かない。
「あっ、霙さん! あんな女放っておいて、これ一緒に飲みませんか!?」
「みぃちゃーん!! やっと私の番ねぇ? ご飯皆で食べよー」
霙に群がる派手なドレス姿の女達。彼が普段つまみ食いをした蝿と揶揄する遊女達である。
「日頃の行いの悪さですね、霙さん。ざまぁ~みろ」
それを見、白夜は喜色満面の笑みを霙に向かって咲かせた。
彼女なりの嫌味である。
「霙程の聖人を前にして何言ってるの? エルボー後に鼻血吹き出したままの白夜を鼻栓無しで襲っちゃうよ? いいの?」
しかし、霙はめげない。自分を囲う女達の喧騒など耳にも届いてかないの如く、白夜しか見ていない。
「聖人の意味、辞書で引いてから発言して下さい。では」
「待って、白ーー嗚呼……行っちゃった」
急ぐ後ろ姿。振り子のように揺れる金色の髪が、霙に哀愁を運ぶ。
そうして数十秒もしないで、彼女は会場を後にした。
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「はふ~……」
会場を出てから三十分弱。白夜は屋上のテラスにて、羽伸ばしにと夜空を眺めていた。
彼女は今日も今日とて、破天荒な上役に振り回されて疲れているらしい。
マーメイドドレスなんて着せられ、髪は派手に巻かれ、オマケに履き慣れてないピンヒールを履かされ。そしてトドメは苦手な人混み。
最早、疲労困憊の域に達する五秒前だ。
「おーい、尻軽よぉ……」
「え!?」
刹那、どっしりとした低声が彼女の耳に届く。
「勝手に消えてるんじゃねぇよ」
「空吾!? どうして此処に……?」
彼は葉巻に火を付け、白夜の隣に来て腰を下ろした。
「あぁ……霙がお前を探して来いってよ」
「ふぅ~ん……それで、霙さんは今何してるの?」
「聿志と遊女達とで王様ゲームだと」
「はぁ……相変わらず他人任せな上に身勝手な人……」
会話は自然、そこで途切れ。会場から漏れる声が小さく響き、虫の音に負かされて行く。
まるで、此処だけ隔離された別空間かのように賑やかな喧騒は遠かった。
「今日のコレは霙が主催だぜ?」
「知ってるよ。だから何だと言う訳でも無いでしょ?」
「はっ……奴が馬鹿騒ぎしてぇだけってんなら、お前までこんな派手に着飾らせねぇだろうが」
「ん……? 一体全体、どう言うこと?」
怪訝そうな表情を浮かべた白夜を見、空吾は口角を上げ得意気に笑った。
「奴なりに恩返ししたかったんじゃねぇの?」
「恩返し……? 何の?」
「いつも世話になってる恩」
「だったら遊女要らなくない?」
立ち上がり、葉巻を足で揉み消す空吾を冷めたジト目が見上げていた。思わず「確かに」と全力で首肯したくなる衝動を抑え、重ねた視線。
何とか白夜を大ホールに戻さないと、親友があれこれ五月蝿く喚くのは必至。
善行のフリをして保身を図る。任務完遂まであともう少しだ。と、空吾は口を開いた。
「試したがり、欲しがりな野郎だからな。それは仕方ねぇ」
「試されたくもなければ、あげるものなど無いのだ!」
そんな彼の気取った顔に、白夜は『めっ!』と言わんばかりのデコピンをした。
彼女の思いがけない行動。空吾は鳩が豆鉄砲をくらったかの如く目を丸くして、驚いている様子だった。
「わっ……レアな表情の空吾! 写真に収めたい!!」
「テメェな……」
本当に霙に似てきやがったな。と、ちょっとした苛立ちは空の彼方に。穏やかに笑って見せる。
すると白夜も、不貞腐れた顔を一瞬見せた後に破顔した。「そりゃ似るよ、毎日一緒なんだから」と……
「仕方ない……戻ってあげますか」
「そうしろ。これ以上、俺に文句飛ばすな」
「飛ばしてるのは彼だけでしょうに」
「連帯責任だバーカ」
「い”た”ッ!!」
デコピン返しをくらい、半べそをかきながら白夜はホールへと戻って行った。
その早足な後ろ姿を見、空吾は思うのだった。
つくづく、霙のクセの悪さを満たす女だなと。
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服装から何から乱れた遊女達を侍らせながら、霙は満面の笑みで玉座に座っていた。その横、聿志は泥酔して、捕まえた女の膝枕で幸せそうに爆睡している。酷い乱痴気騒ぎ。
白夜からしたら見慣れた光景でも、やっぱり溜息が出た。
「あっ、次霙王様じゃん?」
「やぁん、みっくーん。私に命令してぇ? 何でも聞いてあげるからぁ~」
「ダメダメ、次は私だから! 霙、私霙とキスしたーい」
「狡い! 私もしたいんだけど!」
「さて、どうしようかなぁ~。霙困っちゃう」
退屈を潜めた笑顔で品定めする霙。
近付けば近付く程、耳に悪い台詞ばかりが飛んで来る。嫌でも沸く苛立ちを足音に流して、白夜は彼の元へと歩いた。
「じゃあねぇ、命令はねぇ……」
コツ、コツ、コツコツ……
ピンヒールの独特な足音が霙の耳を掠めていた。鋭く捉えた視線の先、藍色のマーメイドドレスが彼女の魅力を隠さない。
霙は獲物を見つけたかの如く、嘲笑した。嗚呼、もう逃がしはしない……この退屈にさようならだと。
「俺の蝿を蹴散らして見せろよ、出来損ないの淫乱女」
数メートル先、歩いて来る白夜に向かって指した“王”の文字が刻まれた割り箸。
刹那、ピンヒールの足音が止んだ。
「好きで呼んだくせに……」
「はっ……競り合ってこその王だろうが。どうした? 早くしろ。でないとーー」
霙が一斉駆除しちゃうよ?
挑発的な笑みが白夜に戦慄を煽る。視界に嫌でも入った霙の長刀。この男は本気だ。戯れ事に命を並べる……正に悪い王様だなんて、彼女は内心、呆れていた。
「殺虫剤は無い」
「テメェがなれって言ってんだ間抜け」
「無理です。私に毒は無いから」
「使えねぇ女なら駆除対象待った無しだな」
「ふふっ……出来ないクセに?」
「あん?」
コツコツとした足音が霙の目の前で止まる。
蝿に注目を浴びる彼女は、酷く面倒臭そうな溜息を一つ、ゆっくりと溢した。
「ねぇ、霙さん」
「何だよ」
「悪趣味じゃないですか? 私にマーメイドドレスを着せるなんて」
「泡になっちゃうもんね、霙にフラれたら」
「フラれません。だって私がーー」
いつだって、貴方をフる側ですから。
淫蕩な目つきで手を伸ばし、その膝に座る。王の視線を我が物にして、彼女は彼の頬を優しく愛撫していた。
まるで、人魚が王様を求めるかのような美しい仕草。
「私を勝手に泡沫の物語にしないで……?」
耳に落ちた吐息混じりの台詞は正に殺し文句と言った所で、霙は嘲笑するかのように口元を釣り上げる。
「よく出来ました。褒めて遣わそう」
「えッいらなっ」
語尾は頭を鷲掴みの無理矢理なキスに奪われた。
遊女達の喧騒が一気に大きくなるが、そんなの霙からしたら蝿の羽音でしかなくてーー白夜の抵抗は虚しく終わり、数分間の口付けが終わった頃には聿志だけが豪快な寝息を立てていたんだとさ。
END
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