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釣り恋日誌
・蛍蝉(番外編)より星司×蛍。
・旅途中のお話。
・日常×ほのぼのきゅん。
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正に真夏日の空、温度、陽射し。
鬱蒼とした森奥、そこにある湖で蛍と星司は骨休めをしていた。
「こうさぁ……湖をずっと眺めてるとさぁ、」
「はい」
「……釣りしたくならない?」
「なりませんね、残念ながら」
余りの即答ぶりに、星司の顔が残念がるより呆れていた。
詰まった会話。そこに大きな水音が何回も跳ねた。
「何してんの?」
「別に……石を投げてるだけです」
相変わらず掴めない所が著しく目立つ彼女に、星司は苦笑を潜めるばかりだ。
しかし退屈はごめんだと、彼女と同じように湖へと投石してみる。
それを繰り返す事、一分。
「なぁ、蛍……」
「何ですか?」
「これの一体何が楽しいんだ?」
「別に楽しくないよ。そもそも楽しいなんていいましたっけ、私……」
星司が笑顔のまま固まった。
いつもの屁理屈、相手を選ばない天然ぶり。彼がそうなるのも無理はない。
「釣りしようよ。簡単な竿なら作れるしさ」
「嫌です。つまんないから」
「無意味に石投げしてるよりは楽しいと思うんだけど」
「楽しくなくてもいいですよ、別に」
「でもーー」
言い掛けた台詞は、ふんわりと柔らかい香りに掻き消された。肩に凭れ掛かって来た彼女に、心拍数を急かされる。
何とかそれが伝わらないように、星司は頭をフルに回転させ次の話題を探す。
だが悲しきかな。何も思い付かないのだ。そうして仕方なしに会話を待っても、相手は唯でさえ気難しい上に言葉足らずの彼女だ。口を開く訳がない。
鼓動ばかりが走る。乱された平常心に彼は固まるばかりだ。
「傍に居るだけで、幸せだもん……」
呟くように言われた一言に鼓動が跳ねる。何度咀嚼しても美味しい台詞。彼が保っていた理性に罅を入れられたのは言う迄も無く。
奇襲と言わんばかりに抱いた頭。だが、砲撃とまでは行かずにーー
「……なに?」
触れ合わそうとした唇は、あとほんの僅かの距離で止められてしまった。
「えっと……、駄目?」
「何が?」
「いや、ここまでしたなら分かってくれよ……」
「分かんないです」
彼の瞳を一杯にしたのは、頬を膨らませ面白くない顔をする彼女だった。それが掴めない。きっと何か手順を間違えたのだと思考を巡らすが、答えが見つかる訳もなく……しかし、こうまでしたんだ。男として外したくはない。なんて……なす術もないのに、意地だけは消えてくれない。そんな複雑なジレンマを前に、星司は深い溜息を滴らせた。
「ふふっ……本当に、君って人はーー」
その先は聞けずに、頬を撫でられ、刹那に奪われた口付け。星司の目が点になる。それを見、彼女はクスクスと肩を震わせて、彼の胸へと縋りつくのだ。
「傍に居るだけで幸せって言ったじゃないですかっ……」
「だからキスするなって?」
「あっ、ぅぐ~っ……違うぅ……」
「じゃあどう言う事だよ?」
もじもじ、もじもじ。彼女は子供のように耳まで真っ赤にして照れていた。
数秒足らずでその顔が上がる。
今にも泣き出しそうな困り顔。彼はこのままどうにかしてしまいたい衝動をぐっと堪え、言葉を待つ。しかし、緩んだ口元だけは堪えきれずにピクピクとその口角を震わせていた。
「これ以上はっ……しんぞぅ、持たなぃ……」
そんな小声の一言に、思わず星司が吹き出して大笑いする。
嗚呼……、何てコイツは純粋なんだろうと。強引に引き寄せられ、わしゃわしゃと撫でられる頭に彼女は不貞腐れていく。
「こんな時に子供扱いするな、ばかっ……」
「してないじゃん」
「してるだろっ……頭撫でるな!」
「ははっ……理不尽だなぁ、蛍は」
そんなちぐはぐ具合も好きだけど。
そう囁きを落として、キスを降らせてくる彼は大人でーーこれじゃあ、上手く懐柔されてるような気がしてならない。いつの間にやら奪われた主導権。それが何故か納得行かない彼女は、反抗心を剥き出しに星司の頬を思い切りつねる。
「何?」
「何じゃないっ……このナンパやろうっ……」
「そうだなぁ~。とんでもない大物が釣れたみたいだしね。へへっ……」
暫く釣りはお預けだな。
その一言で、彼女が噴火の末に撃沈した。今回は蛍の敗けだったらしい。
END
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