思う壺の覗き穴

1/1
前へ
/29ページ
次へ

思う壺の覗き穴

※復讐断罪編より霙×白夜。 ※日常×シリアス×微裏。 **  彼女の思う壷から抜け出そうとしても、そりゃもう無理な話ってもので。  吐息ついでに漏れる甘い矯声。甘美? 否、ただの劣情と排泄欲に塗れた行為に、男は虚無を潜めて律動していた──けれど。 「あっ……」  ノックも無しに開いたドア。当たり前だ。だって此処は書斎。  広い邸内、公共施設と呼べる部屋のひとつなのだから。  扉越し、唖然とした表情で立ち尽くす白夜にさっきまでの壊乱な雰囲気はぶち壊されて──条件反射なのか、女が悲鳴にも似た短い声を上げて、男から離れようとした。  しかし、ぐいっと掴まれた肩。それついでに最奥を突いたものに、先程のような滲み溢れる快楽は無く。 「放っとけよ──」  ありゃただの傍観者だ。  普段はどこの国の王子様?と言った具合に甘ったるい優男。そんな彼が、こんな時ばかりは冷酷且つ、残忍。  ぞくぞくさせられる。腹の底から女を煽られている気がして、奪われた自制心。  ドアが嫌悪を如実に示したような勢いで閉められ、駆けた足音はすぐに律動音と甲高い短声に呑まれて行った。 **  いつもの夕食。普段は騒がしく、何なら黙れと言っても静まらない程に騒がしい一時。  それが今日は、静謐とも言うべき雰囲気に支配されていた。  空吾は瞬時に持ち前の観察眼を働かせ、仏頂面である白夜の方を注意深く観察。そこで、また霙に何かされたのだと悟る。  聿志は場全体の空気を読み、黙々と御飯を口に掻き込んでいた。 「おい、尻軽」 「なぁに?」 「パイナップル。食うか?」 「ん……空吾は酢豚のパイナップルは否定派、と」 「白夜は好きなん?」 「ふふっ、好きな方ですね。味の濃さを程よく中和してくれるので」 「霙達の濃い愛に中和剤は要らないよ、君達。  さっさとそのパイナップルを霙に寄越しんちゃい」 「お前にやるなんて言ってねぇ」 「全く。駄目だよ、空吾~。霙以外の男と間接キスなんて、白夜が夜興奮しちゃって自慰に耽っちゃたらどうするの?」  いつもなら、そこで透かさず入るツッコミ。待ってはみるが、白夜は空吾に「あーん」とねだるだけで、ガン無視と言う名のボケ殺しをかます始末。  何があったか聞ける雰囲気でもない。どうせまた下らない痴話喧嘩をしているのだと、空吾はよそよそしいままに白夜の口へと箸を運ばせた。  そんな二人の仲睦まじい光景を見、霙が嫉妬で不機嫌になるのはいつもの事だ。だがしかし、今日はその悪くなり方が180℃違った。  大きく飛んだ舌打ち。続けざまに蹴られたテーブル。数々の皿が激しく揺れ、その中身が大きく飛散した。  それに背筋を凍らせたのは聿志のみで、白夜は隣に居る霙を冷めた目つきで睨めていた。  空吾の呆れた溜息が滴り、場が沈黙する。 「何ですか」 「お前が何なんだよ?」 「何がですか」 「俺お前に何かしましたっけ?」 「あぁ……」  がっつし見えてましたよ、結合部。ドン引き。  白夜の一言により、場の空気が完全に凍った。煩わしいばかりの沈黙。  それすらものともしなかったのか、彼女は箸を置き「ご馳走さまでした」と、何食わぬ顔を置き去りにホールを去って行く。  その背を刺すように追った、緑色の視線。歯を食いしばるように歪みを見せた口元。霙の二回目の舌打ちに続く声は無かった。 ***  あれから数時間経った白夜の自室にて。  さっきの悪態は夜空の彼方に、いつものように部屋へと訪れた霙を彼女は拒まなかった。  彼がいくら話しかけても、大きなキングベッドの上、大の字で天井を虚ろに眺めるだけの姿。  いつものベタベタしたスキンシップは拒絶を食らい、ベッドの隅。虚に暮れる。  白夜の代わりに沈黙が霙に語った。今は諦めて、部屋に戻れと。  けれど、彼はそんなの素直に受け入れる程、生易しい人間じゃない。  隙を突いたように跨がっては、一向に開かない口を塞ぐ。何度も、何度も、音を立てて触れ合わせる。不思議とそこに拒絶は無くて、彼女はなすがままの人形のようだった。 「どうした?」 「別に、何も」 「嫌がれよ。さっきの抵抗はどうした?」  人の嫌がる様に心底興奮するのが俺だよ。  耳元に落ちた吐息。霙が跨がる部分に腰を落ち着け、自身を密着させた。  ──刹那、 「だから敢えて、無反応貫いてやろうかなって」  白夜が虚な眼差しで霙を見上げる。いつものように睨むのでも、眉を顰めるのでもなく……人形のように、ただただ彼をその空色の瞳に映すだけ。 「結合されるのは、身体だけ……心は一生、繋がれない」  そんな哀れな肉塊相手に果てたいのなら、どうぞお好きに。  嗤笑のような、はたまた淫靡のような、不気味且つ淫蕩な雰囲気を煽る笑顔が白夜に咲く。  そんな蠱惑的姿に削がれた欲望。劣情。 「冗談だって。白夜に無理矢理なんて真似、霙がする訳ないでしょ?」  ──愛してるから、誰よりも。  込み上げる熱を殺して、彼女を包むように抱き締める。  ただ、いつもの追えば逃げるの構図に飽きたから仕掛けただけなのに。  やっぱり、彼女は一筋縄ではいかないから──こんなにも掴まえたくなって、掴まえられたのなら。人格そのものが狂って壊れてしまう位、どっぷりと甘やかしてやりたくなるだけだ。 「離れて?」 「嫌だね。繋がれないなら、もっとくっつきたい」 「元気ですね」 「霙はいつでも元気やる気負けん気ラッキーだよ?」 「違くて……」  ──さっきから何か硬いの、当たってます。  そう吐き、霙を押し退ける彼女の仕草、表情は、鬱陶しい程の嫌悪感を隠さなかった。  やっとの思いで抑えたのに。そうして、またも煽られる劣情。 「そういう所が生殺しって言ってるんだよ、バーカ」  霙は得意気に頬を綻ばせ、彼女を抱き寄せる。  『やっぱり勝てない』なんて、喉奥に詰まらせるばかりの欲求を噛み締めながら── 「また隼人みたいなこと言う……」 「むしろ、それが狙いだっての」 「私の初恋は、私の原理そのもの。そんなに容易く奪えるものじゃないもん」 「見くびるなって言ってるだろうが。俺は太陽になれない……  だからこそ、何者も取って代われない存在になってやる」  ──お前の切り札を看破するのは、他の誰でもない。この俺なんだよ。  彼女のむっと拗ねた顔に、先程とは違って優しく唇を触れ合わせて。  霙は今日も、白夜の思う壷に成り下がるのだ。 【了】 解釈、考察などを読み手にぶん投げスタイル。← 霙の性癖はかなり歪んでるので厄介ね~。 強姦性愛、泣哭性愛、猥語性愛、鏡像投影性愛など、 色々患っておらっしゃるw 白夜に関しては、毎度霙が振り回してるように見えて、 実は白夜が霙を散々に振り回すこともよくある。 彼女は隼人に育てられただけあって、誰に対しても蠱惑的なんですね。 これが計算なのか、天性なのか。 それは神のみぞ知るってやつですね。 まぁ、うん。多くは語らず。 惚れた方が負けゲーかしらね、コイツ等の場合。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加