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Rain in the Cage
あの時と同じだ。重く垂れ込んだ灰色の空。傘に落ちる雨音。夕方の、陰鬱な空気。……何もかも、同じだ。……嫌気が差す。なんで今日に限って仕事が早く終わったんだか。
帰り道、あの横断歩道に差し掛かる。この天気だ、誰もいない。静けさが満ちる場に、降りしきる雨の音だけが響いている。……車も、少ない。もし、もしこんな状況だったら――――そういう論議に意味はないとわかっていても、考えずにはいられない。唇を噛む。何だって言うんだ。もう7年も前の話だろ――――いつまでうじうじしてんだよ。怒りを覚えながら、そこを通り過ぎようと足を進めた。
……しかし、何かが足を引っ張ったみたいに、そこで止まってしまった。横を向けば、あの横断歩道がある。僅かに胸の辺りがきりきりと痛むのを感じた。鈍い水色で霞んだ白線の向こう。誰もいないそこに――――あいつの後ろ姿が見えた、気がして。
「佐矢……?」
ふらふらと、向こう側に吸い寄せられる。雨の中、白い傘から覗く、あいつの長くて綺麗だった黒髪、控えめだが美しい笑顔――――。あぁ……あいつ、俺を呼んでる、のか……?
「佐矢」
触れたくて手を伸ばした瞬間、ぐいと体が後ろに引き寄せられ、けたたましい音と共にトラックが俺の鼻先を掠めた。こめかみから流れる汗を感じながら、やおら引き寄せた誰かの方へと振り返る。
「もう、何やってるの?! 危ないよ、お父さん」
学校帰りの美和子が、どこか心配そうに俺を見ていた。
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