裏側の事情

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 平川はこの件に関することをよく調べている。全てではなくとも、仲介役を担っている生徒の二、三人くらいでも分かればと、平川に聞いた。 「仲介役を何人知ってる?」 「仲介役をしている名前を知ってるけど、生憎リストにはしてないんだ。危ないから」 「…記憶しているのか」 「そう。基本的に書き出したりはしない。全部頭のなかにある」 「凄いな」 「それが一番安全なんだ。その為に記憶力を培ってきた。直接的な名前は書けないけど、学年クラスの出席番号なら、すぐに分からない形式でリストに出来るよ」 「ありがたい」  予想外の結果に驚いたが、平川は「大丈夫」と言って足元にあった鞄からノートを取り出し、素早く書き込んでいく。  数字の羅列が句読点で分けられ、一見すれば何を意味する数字なのか分からない。だが、風紀委員長が見ればそれが学年クラスと出席番号だと分かるだろう。面倒臭がりなくせに頭の回転が早いあれならば、これだけで充分な情報だ。 「確かめたら確実に灰にして」 「もちろんだ。助かる」  切れ端を受取り、握り込む。  平川はお茶を飲み、真面目な表情のままそれを見つめた。 「…そのリストの中には、小野宮さんが仲介役として予想してない人たちがいる」 「……」 「その人たちが、仲介役であり情報漏洩を担ってる重要人物。一年から三年まで」 「三人?」 「そう。三人」  真っ直ぐな目を見つめる。  揺らぎのないそれは、薄い茶が透き通るように綺麗な色をしている。 「学園事情に詳しく、生徒間の繋がりも知ってる。もちろん、配達物のセキュリティに関することも」 「……そうか」  平川が目を伏せる。  申し分ない量の情報に、平川の苦労が垣間見えた。  自分が仲介役として予想してない人物。  委員長と槙野と、これで関わりのある生徒を弾き出し仲介と漏洩を行っている生徒を其れとな無く探り、決定的な証拠を得てから外界と切る。  それを実行するのは難しいだろう。  卒業までにその三人とも、いや、一、二年だけは確実に、その後を継ぐ生徒すらも抑止しなければならない。  理事と交わした条件は根絶やしではなく、学園の情報漏洩を止めることだ。  生徒会長を辞めてからこういう事態に着手するとは思わなかったが、会長ではないからこそ出来ることでもある。 「小野宮さんなら、躊躇いなく出来ると思ってる」 「……今の俺なら、か」 「そういう状態にしてしまった負い目はあるし、卒業してしまえば関係ない事だけど。この件を何とかするのには、人への情が壁になりやすい」  だから、無関心であることが救いであるということか。  こうして微笑んでいる平川は、いくつの縁を切り何人を騙し傷付けてきたのだろうか。それを躊躇いなく実行するには、情というのはリスクでしかない。平川はそういう世界にいる。  無関心であること。自分を偽りきること。決して心を開かないこと。演じること。それは容易ではない。  平川真澄という人間は、俺が考えているよりも遥かに分厚い皮で覆い尽くし、心に鍵をかけ、それを当たり前にして過ごしてきたのだろうか。  孤独というものは、表面上では陥ることが出来ない。人と関わらないことは出来ない。  それでも平川真澄は孤独なのではないかと思うに至りやすい。 「平川には、自分をさらけ出せる誰かがいるのか」 「藪から棒だね。……いるよ、ちゃんと。僕は独りじゃない。僕が僕で居続けるためには、唯一が必要なんだ」 「…そうか、良かった」  小野宮さんは何を考えてるのか分からないね、と平川は笑った。  それでいい、と言われているような声だった。  平川には平川の唯一がいる。揺るがない立ち位置の繋がりがある。だからこそ揺るがない瞳があるのだと、俺は理解した。 「小野宮さん」 「なんだ」  穏やかな声で呼ばれ、顔を上げた平川と目を合わせる。 「小野宮さんにも、いる?唯一」 「……」 「今は分からなくても、きっと近いうちに見つかるかもしれないよ」  そう言って平川は笑った。  俺の心情を知っているかのようなそれに、ただその真っ直ぐな目を見返すことしか出来なかった。  
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