【26】「くっ……なんて幸せな病気なんだ……!」

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【26】「くっ……なんて幸せな病気なんだ……!」

「今度、商人を呼んで、きちんと婚約指輪を選ぼう」  部屋に戻ると、俺の手をそっと握りながら、ルカス陛下が言った。俺は自分の人差し指にはまる指輪を意識して、嬉しい気持ちになってしまった。恋人同士なんだなと改めて思うと、胸が温かくなるのだ。  俺達がソファに並んで座るとレストが紅茶を出してくれた。温かいカップに手を添えると、穏やかな気持ちになる。レストの淹れてくれるお茶は美味しい。ただ、それだけではなくて、隣に陛下がいてくれるから、気持ちが安らいでいるのかもしれない。  ――激しいノックの音がしたのは、その時の事だった。 『陛下、火急の知らせです!!』  どこか慌てているような、聞き覚えのない声が扉の外から聞こえてきた。後宮には、特にそれぞれの正妃の塔には、特別な使用人と王族以外は入れないのだが、ルカス陛下に用事がある場合は、その限りではないらしい。 「入れ」  ルカス陛下がそう言うと、レストが扉を開けた。  そこに立っていた人物は、黒い外套を羽織り、深々とフードをかぶっていた。  胸元に、レストと同じ紫銀の薔薇のカフスがついている。 「ミスカ、ディオーリフラ王国から戻ってきたという事は、何かあったの?」  いつも表情を変えないレストが、驚愕したように目を見開いている。するとミスカと呼ばれた青年は、ローブを取り、その場で膝をついた。息切れをしているが、急いできたからではなく、陛下に対して礼をしたらしい。ルカス陛下も立ち上がる。 「何があった? 隣国で間諜任務に従事していると聞いていたが」 「――隣国ディオーリフラ王国にて、ある病気が発生し、現在パンデミック状態なのです。それで早急にお伝えすべく参りました」  ミスカはそう言うと、顔を上げた。レストとルカス陛下が、ほぼ同時に息を呑んだ。俺も、病気と聞いて目を見開く。この前会ったユーディス殿下達の事を思い出した。無事だろうか? 大丈夫であるようにと祈る。 「どのような病なんだ?」  ルカス陛下が真剣な顔で問うと、ミスカが一度目を伏せ、なんとも言い難いといった表情になった。それから、一度大きく息を吐いてから続ける。 「感染すると、本音を言ってしまうようになる病気です。現在、『リアレ病』と名付けられています」  それを聞いて、俺は首を傾げた。 「潜伏期間は二週間で、ユーディス殿下が発症なさいました。丁度その頃、この国にいらっしゃったとか……この国にも病が来ている可能性があります。ただ、その夜会において、移っていた可能性があるのは、諜報部の調べによると、ただのお一人で……」  するとミスカが、チラリと俺を見た。 「感染条件は、『童貞』だったんです」  それを聞いて、俺は瞠目した。俺がきっちりとセックスを経験したのは、夜会の夜――ユーディス殿下と会った後だからだ。慌ててルカス陛下を見る。ルカス陛下は呆然としたように俺を見ていた。 「こちらの腕輪をはめると、感染しているか否か分かります。どうぞお使い下さい」  ミスカが白い腕輪を取り出した。レストが慌てたようにそれを手に取り、俺へと歩み寄ってきた。そして俺の右手首にそれをはめた。  ――ピーピーピー。  そんな音が響いた。するとミスカが両手で顔を覆った。 「感染しておられます」 「つまりそれまで俺が童貞だったって証明になってしまった上に、それがみんなにバレたって事か!?」  俺が思わず叫ぶと、ミスカが息を呑んだ。それから心なしか頬を赤くし、レストをチラっと見た。 「あ、あの……それは、そうなんですが、えっと……レスト様。ちなみに俺は、罹患してないです」 「僕はそんな事は一言も聞いてないけど」  レストは、今度は笑顔だったが、声が冷たかった。  それを聞くと、ハッとしたようにミスカが言う。 「本音しか言えなくなった結果、隣国では大問題が多発しています。お互いを快く思っていなかった同士の悪口大会から外交問題に発展したり……好きだと思いのままを告白して、大失恋会や多角関係が発生したり、とにかく大変なんです!」  それを聞くと、ルカス陛下が腕を組んだ。 「ミスカ、その病は治癒するのか?」 「はい、陛下。一週間で自然治癒します」 「なるほど」  頷いたルカス陛下は、それから改めてミスカに聞いた。 「罹患すると、本音しか言えなくなるんだったな?」 「ええ」 「そして、腕輪の音は病にかかっていると知らせる音だな?」 「仰る通りです」 「つまり、オルガは本音しかいえない病気に感染しているが、一週間程度で治るんだな?」 「そうです!」  すると、陛下が俺に向き直った。 「オルガ」 「なんですか?」 「俺のことが好きか?」 「大好きです! 愛してる!」  俺は――公衆の面前だというのに断言していた。そんな自分に焦った。  しかし陛下の顔が嬉しそうに変わる。頬を持ち上げ、ニコニコしだした。 「もう一度聞く。俺の事が好きか?」 「大好きです!」 「くっ……なんて幸せな病気なんだ……!」  その後、俺は何度も何度も好きかと聞かれた。まったく、照れてしまう。病気じゃなくてもこの気持ちはいつでも伝える自信があるが――人前だというのに。俺は頬を染めてしまった。  そんな俺達をミスカは生暖かい目で、レストはクスクスと笑いながら見ている。 「あ、レスト様。今夜、その、お食事でも」 「ご病気のオルガ様の看病をしなければならない僕を、食事に誘う意図が不明だよ」 「……だって、久しぶりにお会いできたから」  ミスカとレストがそんなやりとりをしているのを聞きつつも、俺は陛下に、好きだ好きだと繰り返していた。その内に、陛下が唇を片手で覆って真っ赤になった。 「レスト、看病は俺がするから、お前はミスカと食事に行くと良い」 「えっ」  目に見えてレストが動揺した。なぜだろう? それは分からなかったが、こうして俺は、陛下に看病される事になったのだった。
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