――親愛なる友人 ジャミ・プロキオン(2)

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 ――親愛なる友人 ジャミ・プロキオン(2)

 プロキオン家の応接間は、古今東西の本が飾られた研究所というよりも、アンティークに飾られたお洒落な空間だった。  出された紅茶とアップルパイを嗜みながら、二人は会話を進めた。 「なんで学園をやめてしまったの? それにあのキファレス様と婚約だなんて」  ゼラの噂も相変わらずだったが、ロベリアが婚約者となったことから喜ぶ者は多かった。嫌な者同士お似合いだと、醜い祝言だ。 「色々あってね。言えなくてごめんなさい」 「いいのよ、そう返ってくると思ったわ。それより……あなたキファレス様に嫁いで大丈夫なの? そのワンピースも……」  今さらアークリィ家がどうなってもロベリアには関係ないのだが、事が大きくなることを避けるため、元養母の古着だということは黙っておいた。 「これも訳ありなのだけれど……ただ、キファレス邸ではそれなりに楽しく過ごしているわ。今日の服は……ボロボロだけれど。いつもの服はとっても素敵だし、部屋だってお庭だって素敵よ。悪くないわ」  そう話すロベリアの顔は、図書室で笑い合った時と同じだった。 「……そう。キファレス様に『キファレス邸を持ち上げろ』と強要されている感じもないわね。安心したわ」  ジャミは胸を撫で下ろした。もしかしたら学園にいた頃よりも、環境は良いのかもしれないと、少しばかり安心した。 「……ところでロベリア」  ジャミは口端を上げ下げしながらニヤニヤと手招きをした。顔を近づけたロベリアの耳に、そっと問いかける。 「キファレス様とは、どう?」 「どうって……」  ジャミの真意が分かったロベリアは、顔から湯気を出した。首元にキス程度のことしかないのだが、この反応からすると、誰もが何かあったのだと確信するだろう。 「あらやだ、キファレス様ったら早いのね」 「ちょっとジャミ〜! 何もないわよ!!」  顔を真っ赤にして反論する姿には説得力がない。 「ふふ、ロベリアの反応が可愛くて。ついからかってしまいたくなるのよね」  唯一、学園では、ロベリアを素の姿にさせてくれたジャミ。ロベリアのウブな反応が可愛いと知ってからは、時折彼女をからかって楽しんでいた。 「もう」  ロベリアは口を膨らませ、困った表情を見せた。 「ふふふっ、とにかく元気そうで良かったわ」 「ジャミったら……。それよりジャミは卒業後どうするの?」  この時期の令嬢は、すでに名家との婚約が決められている。ただし皆が皆、婚約が決まっているかといえばそうでもない。フォセカのように「私にふさわしい王子様が現れるまで嫌」と駄々をこねる令嬢もいるのだ。 「実はね……」  ジャミが少し照れくさそうに、小さな声で話す。 「私、小さな頃は体が弱くって。よくお医者様に診てもらっていたわ。そのお医者様の御子息に私と同じ歳の子がいて……実はその彼からプロポーズされたの」  この時代、恋愛から発展した婚約というものはごく稀だ。ロベリアのように攫われて婚約するものも希少なのだが。多くは政略的な婚約で、親同士が決めている。令嬢に拒否権はない。その先が辛い家であっても、家の名を残すがために、妻となり母となる。 「だから私もロベリアと同じ。婚約者様がいるのよ」  頬を赤め微笑むジャミの姿は、ロベリアが見たことのない彼女の一面だった。 「ねぇジャミ。私はゼラ……様が分からないわ」  ここはキファレス邸を持ち上げるために、屈辱だがゼラに敬称をつけた。 「それはそうよ。ロベリアとキファレス様は、出会って間もないんですもの。私だって医者の彼とは出会ってから長いけれど、彼のことは分からないわ」  それはロベリアにとって、意外な返答だった。幸せそうに笑うのに分からないだなんて。 「でも……いつか彼と一緒になれたら幸せだな、って思っていたわ。ずっとずっとこの時を待っていたの。分からないことも多いけど、それは二人で解決していけばいいわ。喧嘩して話し合って、最後に笑えたら、それでいいじゃない?」  ジャミの言葉は、ロベリアの胸に強く刺さった。ゼラと喧嘩して話し合うこともせず、避けて黙って家を出てきた。ジャミのように向き合うことができたのなら、少しは幸せな時間が過ごせたのだろうかと、昨夜の出来事を思い返す。 「ねぇ、婚約って。共に生きていくことって、幸せなの?」 「えぇ。少なくとも私はとーっても幸せよ」  ロベリアは幸せとは程遠いところで生きてきた。踠いても足掻いても幸せはかき消されていく人生だった。  分かっていた、もう手遅れだと。王女に敷かれたレールの上を一生走り続けるだけだと分かっていたけれど、それでもどこかで、幸せを追い求めていた。  今だって少し路線が変わっただけで、行き着く先はフォセカの玩具箱だと分かっている。    それなのに、誰かと共に歩む人生を、私なんかが選択しても良いのだろうか。  ──でも。それでも。  ゼラに懸けてみたいと思った。  嘘偽りのない真っ直ぐな瞳を逸らすことなく、真っ直ぐに返すことができるのなら。 「……どうしたら幸せになれる?」  親愛なるロベリアへ、親愛なるジャミはそっと教えてくれた。 ──彼を愛して、そして自分も愛して。愛に生きて、ロベリア。
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