──取り巻き令嬢 ロベリア・アークリィ(2)

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 ──取り巻き令嬢 ロベリア・アークリィ(2)

「ロベリア! 暇をもらったってどういうこと!?」  アークリィ家へ着くとすぐさま、養母ローラスの平手打ちが飛んできた。 それも当然だろう。ロベリアを血が金でできた家畜としか思っていない彼女が、此度(こたび)の失態を許すわけなどない。こうなることは想像していたけれど、容赦ない力にロベリアはふらついた。ローラスの手には、くしゃくしゃに握り潰された王家からの手紙が届いていた。 ──フォセカめ……!  手紙は昼に届く。つまりロベリアがいくらフォセカに縋ろうと、フォセカは検討する余地もなく話は決まっていたのだ。  ビリーに権限などない。この時からフォセカを主役(ヒロイン)とした、彼女のためのお遊戯会は始まっていた。 「……そのままの意味ですわ」  目を合わせることもなく、小さく呟くロベリアの態度にローラスの怒りは増した。彼女はロベリアの髪をひっぱり、顔を上げさせる。 「お前は本当使えないわね! もうゴミクズ以下に価値はないわ、出て行ってちょうだい!」  ロベリアは肯くことも首を横に振ることもせず、ただ為すがままに立っていた。ローラスはもう一度手を振りかざすも、養父のランジが止めに入った。 「まぁ待て、ローラス。ロベリアはまだ養子だ。縁組を解消していない。ここで騒ぎになったらどうだ? アークリィ家の名が汚れる」  ランジも当然、ロベリアを道具扱いだ。この家に、いやこの国にロベリアの味方などいないだろう。 「ですが、もうロベリアを置いておく意味はありませんわ」 「なに、明日にでも役所で手続きをしてくればいい。……ロベリア、猶予をやろう。明日、日没までに荷物をまとめて出て行け。そうすれば、私たちは何も手出ししない」 「……分かりました」  ロベリアは部屋に向かいながら回顧した。三年前、この家に来たときからロベリアの居場所などなかった。家なんて雨風を凌ぐ場所。それだけだ。明日からロベリアの宿も、仕事も、何もかもない。持っているのは恐怖と、それを塗りつぶすような怒りや悔しさだけだ。 ──もう操られるのは御免だわ  旅行鞄など与えられてないロベリアは、ベッドシーツの上に荷物を置き四方を結んで袋状にした。 ――アークリィ家など滅べばいいのよ  何度も継ぎ接ぎをしたワンピース、左のヒールだけが折れている歪んだパンプス、虫に喰われているネグリジェ、糸がほつれたストール、堕天使のような羽ペンに、古書よりも汚れたノート。 「こんなゴミ、持っていく必要あるのかしら」 これほどまでに貧しい令嬢はどこを探してもいないだろう。 「明日からどうすればいいのかしら。世の中には、住み込みで働く人もいると耳にしたことがあるけれど……。ほんっと、私って何も知らないのね」  はぁ、と吐いたため息は結露となって窓につく。こんな憂鬱な日だというのに、満月がロベリアを慰めるように照らす。 「この街ともお別れね。ま、未練も何もないけれど」  ロベリアは窓を開け街を見渡した。ぼんやり行く末を考えていると、ガタッガタッと急ぎ足で地面を蹴る馬車の音が遠くから聞こえ、それに気づいたときにはすでに門前へ止まっていた。 「……速い馬」  足音を聞きつけ出てきたアークリィ家の使用人は馬車から現れた人物に気づくと慌てて家へ戻り、その後にすぐさまランジが駆け寄った。 「これはこれはキファレス様! 今日も凛々しくございますな! あぁ、男の私でも見惚れてしまいます! ささ、どうぞ中へお入りください! 最高級の紅茶をご用意しております!」  ランジの声はロベリアに聞こえなかったが、猫撫で声で話している姿は想像がついた。王家の馬車ではないが、薔薇と剣が描かれた紋章が客車の扉に彫られており上級貴族のものであると推測できたからだ。  ふと脳裏にフォセカの一言が浮かぶ。 ──あなたには、とっておきの舞台を用意してあげる。 「……用済みの玩具(おもちゃ)は売られてしまうのね」  ランジは毛量の少ない頭を深々と下げ、男を通した。  それと同時に、トントン、とロベリアの部屋がノックされる。この叩き方は使用人だ。ローラスなら殴るようなノック、もしくはそのまま開けてくる。 「ロベリア様、今すぐ降りてくるよう奥様が申しております」 「……分かったわ」  ドアの横にかけているひび割れた鏡に、ロベリアの姿が映る。   ブロンド色に輝く、少しウェーブのかかったロングヘア、二重瞼の少し吊り上げられた目尻、長い睫毛から見える新緑色の瞳は大きく、見る人に知的な印象を与える。彼女は取り巻き役にはふさわしくないほどに、容姿端麗であった。整った顔立ちは誰もが一度は目を引く。女王フォセカの取り巻きでなければ、ロベリアを求める男性は数多くいただろう。 「ドレスもボロボロね。……まぁ売られるにしても、今より悪くなければそれでいいわ」  思い出もないこの部屋に未練はなく、振り返ることもなくそっとドアを閉じた。
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