15 新緑色の瞳

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15 新緑色の瞳

──家が燃えている……?  ゼラは何度も何度もあたりを見渡した。外門も屋敷の前に置かれた噴水も我が家と同じだ。ならば、その炎の向こうにあるのは、間違いなくキファレス邸ということになる。  両手で大事に抱えていたゼラニウムの鉢植えは落ち、ゼラの心を表しているかのように無残に散らばった。 「……おか、お母さ、ま……お父さ、ま、マリア、ルイス、アージ……」  両親とキファレス邸を支える従者の名前を、確認するかのように呟いた唇は、青く震えていた。嘘であってほしいと辺りを見回すも、門前に群がる領民の中に、家族は見当たらない。 ──みんな、何処に、何処に行ったの、何処にいるの、何処に、何処に  炎の中にしかいないのだ。現実を認めたくない脳がそれに気づくまでには時間はかからなかった。 「うわぁぁぁああぁあああああああぁあぁああああ!!!!!」  ゼラは領民の間をすり抜け、門へと突っ走った。小さな子供の姿を見た領民は、一見してそれがゼラだと認識できなかった。目を真っ赤にし、狂ったような悲鳴をあげ取り乱す姿は、いつものゼラからは誰も想像ができなかったからだ。ゼラだと気づいた領民は「ゼラ様を止めろ!!」と声を上げ、大人たちが一斉にゼラを追いかける。 ──今助けるから、お母様、お父様、みんな、だから待ってて、待って、待って、俺を置いていかないで、連れていって  燃える家に飛び込もうとしたその時、金髪の男が横から飛び出し、ゼラを間一髪助けた。  男を見た領民は、誰もが静まりかえった。  この男が放つ雰囲気は、周辺の領地を治めているような貴族とは違う。領民も貴族も、誰もが崇めてしまうような、高貴なものだった。 「死にたいのか!!」  ゼラを叱りつけたその男は、悲壮な顔で見つめるが、ゼラの目線は燃え上がる炎から離れなかった。 「離せ、離せ! 俺が助けなきゃ、だってお母様もお父様もみんないるんだ! だから離せ! 離せよ!!!」  男の肩を殴り、腹を蹴り、必死に離れようと足掻くゼラと、暴行に耐えて必死に彼を守る男。男はゼラの全身を包み込むように、強く抱きしめた。 「……今ここで、おまえが飛び込んでどうする? 大好きな母様と父様は喜ぶと思うか?」 「……でも、でも俺、お母様に謝らなきゃ……謝らなきゃならないんだ!!」  男の中で暴れることを止めない。少年の力とはいえ、赤ん坊ではない。それなりに痛みは感じるはずだが、男は痛い顔を一切せずに、ゼラの話を聞いた。 「謝る?」 「お母様の大好きな花を潰したんだ、それで今日買いに行って、謝ろうと、でも、でもっ……」  ──お母様、ごめんなさい、ごめんなさい……  大切な花を奪ってしまって  哀しい思いをさせてしまって  ……お母様を守れなくて 「ごめん、なさい……っ」  ゼラは燃え上がる家へ向かって、声が枯れるまで涙と謝罪の言葉を放つも、その言葉は炎で燃えてしまって届かない。拙いゼラの言葉に、男はなんとなくだが状況を理解した。 「大丈夫、君の母様は分かっていたさ。怒ってもいない」 「そんなわけない……!」 「じゃあ、母様が今一番、望んでいることは分かるかい?」 「助けてって、助けてくれって思ってるんだろ……だから……だからっ」  だからそこをどけ、とまた暴れ出し、ゼラに何度も何度も叩かれるその男は、叩かれる度に強く抱きしめる。何があってもゼラを離さない。 「違う。生きて、と願っている。いいか、君は大好きな母様と父様のかけがえのない宝物だ。生きるんだ、生きて元気でいてくれることが、何よりも嬉しいんだ」 「……おまえに、なんでそんなことが分かるんだ!」 「僕だって、小さな女の子の父親だ。親ってのはそういうもんなんだ」  ゼラの頭を優しく撫でた大きな手は、ゼラの心をさらに締め付けた。時折、父親が撫でてくれていたその大きな手と似ていたから。 「うぅっ……っ、俺いやだ、一人ぼっちだなんて」  その手に少し落ち着いたのか、暴れることを止め、今度は小さく小さく呟いた。 「君は一人じゃない、僕がいるだろう?」  ゼラの両肩に手を置き、柔らかく微笑んだ。 「……おじさんは、誰?」 「ははっ、涙を拭いておじさんの顔を見てごらん」  長袖で目を強く擦り、溢れ出す涙を少しの間止めた。ゼラが見た先には、いつか出会う女の子と同じ、新緑色の瞳をしていた。 「ラ、ラークス国王様……!!」  苦衷の中でも、貴族たる振る舞いは染み付いており、ラークスの抱擁から離れ、跪き頭を下げた。 「た、大変、失礼いたしました……」 「ゼラ、顔を上げてこっちへおいで。今はいいんだ。僕を国王だと思わなくていい、思いっきり泣いてくれ」 「で、ですがっ……」  今にも壊れそうな心をキファレス邸の長男、次期領主として必死に隠した。だが、立ちはだかった現実を一人で抱えるには、まだ幼すぎる。 「これからゼラには、辛くて大変なことがたくさん待ち受けているかもしれない。でも今日から君が領主として、このキファレスを守るんだ。大丈夫、キファレス家は僕が一緒に守るよ。」 「俺は……父様のようにできません、まだ、教えてもらうことが、たくさん……ありま……」  した。  過去になってしまった言葉を、最後まで言うことができずに、大粒の涙が地面へ滴る。ゼラの気持ちと同調するように、空からは雨が降り、キファレス邸も鎮火していく。 「大丈夫、君は一人じゃない。勇敢じゃないと、父様に笑われてしまうぞ?」 「……うぅ……」 「大丈夫、大丈夫だ」 「……っ……うっ、わ、あ、ぁああわう、ああぅああうあああーーーーっ……」  ゼラは、それからのことを覚えていない。泣いて叫んで、ラークスにも八つ当たりをしたが、気づいた時にはピスキウム宮殿のベッドで寝ていたのだ。  それでも、ラークスはゼラを見放すことはしなかった。  独りで悲しまないように、立派な領主となるように。  キファレス邸が再建するまで、ゼラは宮殿へと迎え入れられた。
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