18 優しい嘘

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18 優しい嘘

「は……?」  突如、ゲンテから告げられた知らせにゼラは頭が追いつかない。   「いや……何と言った?」 「ピスキウムの宮殿が……何者かの手によって襲撃されました……」  激昂する気持ちを抑えた声は震え上がり、常に冷静なゲンテでさえ、息も荒くなっている。どうやら真実のようだ。 「ゲンテ、どういうことだ……」  ゼラは昨日、ラークス国王が突如家を訪れたがいつもと何も変わりはなかった。  ──嘘だと言ってくれ。  ゼラは領主として、状況の整理に努めようと理性が働いた。かつてのゼラならば、感情が先立っていただろう。 「……レポリス国の一部の者の反撃かと思われます」  ゲンテがいつも見せる穏やかな顔は消え失せ、奥歯をギリッと深く噛み締め、胸あたりを強く握りしめていた。彼の胸ポケットには、小剣が四つ仕込まれている。護衛用として所持しているが、気を抜いてしまえば陰謀者を殺しかねないだろう。かつては、ピスキウム家の使用人だけでなく護衛としても名高い人物だった。 「レポリスの反撃? 同盟はどうした? ピスキウムとレポリスの双方は争わない約束だろう」  ピスキウム国の東隣にあるレポリス国とは、古くから同盟関係にありとても友好的だった。しかし近年、レポリス国の南にある国、つまりピスキウム国の南東あたる、ギェナー国とレポリス国は戦争を起こしていたのだ。  事の始まりは、宗教の食い違いから生じた領民の小さな口論にすぎなかった。しかし、事は治らず大きく膨らみ戦争までに発展してしまった。現在は、宗教問題だけでなく、何かと理由を付け、武力で権威を見せつけ合っている。 「援軍を拒否したことに対し、レポリスが反感を抱いたのでしょう」  与えられたピスキウム側の情報から、ゲンテは推測する。レポリス国の面積は、ギェナー国の三分の一ほどの小さな国だった。レポリスの力だけでは、ギェナーに勝つことはできない。そこで、同盟国であるピスキウム家に援軍を要請したようだ。  しかし、ピスキウム国はこれを拒否した。  これは、レポリスの敗北を意味する。  ピスキウム国が援軍を派遣しない限り、軍事規模的にレポリス国の敗北が決まっているようなものだからだ。 「……なぜピスキウムは、援軍を出さなかった?」  同盟条件には、双方から援軍の要請があった際は、受諾するというものがある。それにピスキウム軍は、高い軍事力を持っていた。ギェナー国に負けることなど考えられない。  なぜ、ラークス国王は、要請を拒否したのか。  ゼラは不思議でしかなかった。 「…………」  ゲンテが急に黙り込んだ。この沈黙は無知から生まれたものではない。  知っているのだ。知っているからこそ、話せないのだ。 「ゲンテ、話してくれ」  ゲンテは俯いたまま、重い口を開いた。 「…………かつて、キファレス邸は何者かによって燃やされ、その元凶は、レポリスにあったのではないかと言われています」 「……どういうことだ!? 火元はキッチンからって……」  ゼラに隠された秘密。  七年前、キファレス邸の火災はキッチン発生した事故だったと聞かされていた。しかし、それは幼いゼラを守るためのラークスがついた優しい嘘だったのだ。 「違うのです。家の周りに、レポリスが原産のワインが撒かれておりました。もっとも発火しやすい、蒸留酒も混ぜられていたようですが……」  鎮火した後、焼け跡となったキファレス家の周りにはワイン樽や酒瓶が無数に捨てられていた。 「レポリスのワインだからって、理由だけじゃないよな?」    そんな浅はかな考えだけで、犯人をレポリスだと決めるラークスではないことは、ゼラも知っている。   「えぇ。当時、レポリスのワインを輸入していた諸国が、ピスキウム国の新ワインをとても気に入りました。そして、輸入先をこちらへ変更。レポリス側は、契約先を失いました」  ピスキウム国でワインを生産しているのは、キファレス領だけだ。つまり輸出元を奪われたレポリス国王が憤り、ワインの製造元であるキファレス領を潰そうと七年前の火事が起きたのだ。当時ゼラは領地のことまで考えられなかったが、たしかにワインの原料となるブドウ畑も燃やされていたのだった。 「……それがどうして」 「当時の情景からすると、レポリスが怪しいのですが……決定的な証拠がなかったため先方は話し合いを拒絶しました。本来ならば争いが起きそうですが、ラークス様は遺憾の思いを露わにせず同盟は締結したままで収束させました」  小規模国家のレポリスは、ワイン一つの取引でさえも、大きな経済問題であり、余裕がなかったのだろう。とはいえ、諸国が喉から手が出るほどのワインを製造できなかった、レポリス国の力不足だ。ピスキウム国は何も悪いことはしていない。 「ただラークス様は、キファレスの件を許したわけではありません。ですから、今回援軍を拒否したのです」  当時の無念を、キファレスの痛みを知れ、とラークスは、援軍の話し合いにも応じなかった。ここまでは理解できるものの、ピスキウム家が潰されたことには、ゼラは疑問を感じた。 「待て……。今、レポリスの軍はギェナー国と戦っている。ならば、ピスキウムに向ける軍はないはずだ。それにピスキウムの軍が負けるわけが……」  今までの話を総括するとこうだ。  レポリス国は、ギェナー国との戦いで精一杯だ。だからこそ、ピスキウムに援軍を要請したのだ。ギェナー国とピスキウムの二国を相手にするほどの余裕はない。ましてや、ピスキウムに勝てる程の勢力を持っているのであれば、ギェナーとの争いも楽勝だろう。 「もしかしたら黒幕がいるのやも……。ただ……これ以上は分かりません……」  ゲンテが目をつぶり、頭を振るう。たとえ、どんな背景があったとしても、ピスキウム家が狙われたことは変わらないのだ。今はこれ以上の考えをする余裕はない。 「……どうして黙っていた。ピスキウムは何も悪くないだろ……」  なぜ、当時の俺に話さなかったのか、と。 「当時お話していたら……ゼラ様のお気持ちはどうなりますか?」  もし本当のことを聞いていたら、ここまで生きて来られなかったかもしれない。当時のゼラには、背負う力も、守るべき強さもなかった。 「それに……ラークス様に口止めされておりましたゆえ」  ゲンテは目を伏せ、涙を流しながら、ラークス国王との約束を教えてくれた。 ──いいかいゲンテ。このことは僕が死ぬまで、絶対にゼラに話しちゃダメだよ。 「……死ぬまで」  主人に従順なゲンテが、約束を破るとは思えない。ということはつまり── 「……ラークス様は、本当の御子息のように、ゼラ様を愛していました」  領主として情報を聞き得たゼラは、ガクンと膝から落ち、首が垂れ下がる。 ここにいるのは、もう領主ではない。ラークスに命を助けられたただ一人の男、ゼラ・キファレスだ。    時を越えて伝わる愛情。  愛に気づくのは、いつも失ってからだ。  お父様もお母様も、国王様も王妃様も  ローズ様も── 「……レポリス、ギェナー…………絶対許さねぇ……」  ゼラの心拍数は上がり、呼吸が乱れる。血筋は浮き、海のような青色の瞳は、血眼となり輝きを濁らせる。 「ゔぁぁああぁああ゙ああああああ゙ぁあ゙ぁあ゙あ゙あ゙!!!!!」    理性が飛んだゼラが喚く。ゼラを止めようと、ゲンテは彼の肩を抑えるも、勢いよく壁へ飛ばされてしまった。玄関に飾られていた花瓶は破れ、薔薇が散る。 「ゼラ様!!!」  ゲンテはゼラを捕らえようと、起き上がったが、どうやら足を痛めてしまったようだ。追いかけることはできず、その場で叫び続けた。 「ゼラ様!!! お戻りください、ゼラ様ぁぁあああぁああ!!!!」  ゼラは家を飛び出し、死に場を求めて戦争地域へ向かっていた。 「絶対許さねぇ……奴らを……奴らを」 ──殺して、俺も死ぬ。
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