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20 お迎えに上がりました
「ゼラ様、お連れしたいところがございます」
朝方、ゼラはゲンテに誘われ、ある場所へ連れて行かれた。キファレス領の南東側は、海が広がっている。その海が見える崖の一角に、ピスキウム家の墓をゲンテが作っていたのだ。その隣には、キファレス家先代の石碑も並んでいる。キファレス家にはゼラニウムが、ピスキウム家には薔薇が供えられていた。
「なんでキファレス領地にあるんだ? 王都がふさわしいだろう?」
「……ゼラ様のいない数日で国は大きく変わりました。ピスキウム王国も……ピスキウムを名乗る見知らぬ人間に奪われました。そして、キファレス領は現在……アルニタク国の支配下にあります」
経済基盤となりうる、広大なキファレス領を欲しがる国王は多くいるだろう。アルニタク国は、ピスキウム家が崩壊したと同時にキファレス領を高値で買った。
今のピスキウム国王を名乗る人物は、金欲しさに喜んで売り渡したようだ。経済も国の動かし方も分からない、愚かな支配者だ。
「……そうか。本当のピスキウム家がいない、あの国に未練はない……」
ふと、石碑に違和感を持った。彫られている名前は、国王と王妃、そして従者をまとめた総称。しかしゼラが王家で出会った王女、ローズの名前がない。
「……あの子は!! ローズ様はどうした!?」
「それが……ローズ様の行方が、分からないのです」
「なに……!?」
ピスキウム家襲撃事件は、キファレス邸の火事とは違い、侵略者による暗殺だ。つまり死体があり、死者の数も名前も明確だった。
「ローズ様のお姿がなかったのです」
「どうしてだ……!?」
「レポリスによる侵略ではなく、別の黒幕がいるかと。レポリスに罪を擦りつけたい、誰かが」
「…………」
レポリス国とギェナー国は戦争状態にあった。単純に考えれば、相手国の同盟国ピスキウム国の存在はギェナー国にとっては恐怖だ。しかし、レポリス国に一切援助をしないピスキウム国を襲う理由がギェナー国にはない。この状況はギェナー国にとっては、好都合だ。むしろ攻撃をしてしまえば、ピスキウム家が反感を覚え、レポリスに援軍を出す可能性もある。そうなれば、ギェナー国は自ら首を締めることとなる。
つまり、ここで有力なのは、自国を穢すことなく潤せる立場にあるもの。
それは大きな経済源となる、キファレス領地を手に入れた──
「……アルニタク家か」
「そうなりますな……恐らく、ローズ様もそちらに。理由は分かりませんが……」
「……連れ戻すには」
「アルニタク国のフォセカ王女が、ローズ様と同じ年齢です。もしかすると、シリトン学園に行けば何かが掴めるやもしれません」
アルニタク王国が運営するシリトン学園は、令嬢が集まる唯一の場所だ。そこにローズが通うかは不明であるが、何かしらの証拠や情報が収集できる可能性は高い。
「学園に入ることは?」
「王家と教師、そして領主のみが許されております」
領主の入園が許可されている背景の一つとして婚約がある。将来の妻となる令嬢をこの目で見定めておける仕組みだ。
「ローズ様を国へ戻す。そして王座にお戻りいただく。……きっとラークス様も、それを望んでいる」
ゼラが胸ポケットから、ピスキウム家の紋章が彫られた首飾りを出した。
「……ゼラ様、そちらは!!」
「あぁ。事件の前日、ラークス様にいただいた。領主七周年の記念としてらしいが……」
ゼラは、首飾りをじっと見つめる。それは太陽に照らされた海のように、眩しく輝く。
「実のところよく分からない。これが何かと聞いても、記念品だとしか仰らなかった。今までこのようなものは、授与されたことないのだが……」
「……それは先祖代々伝わる、ピスキウム家の紋章です。国王だけが持つことを許されているもの」
「……はぁ……ラークス様、あなたって方は」
国王は、近い未来を予測していたのだろうか。亡き人に口はなく、石碑から声が聞こえてくるはずがない。
「……また騙しましたね」
石碑に向かって呟くゼラの顔は、生き生きとしていた。国王の意図は分からないが、きっと渡した理由も優しい嘘だと分かっているから。
「ローズ様と紋章の裏付けができれば、恐らくはお戻りすることができるかと」
「だな。連れ戻しに行くか」
「はい」
二人は石碑に一礼をし、紋章を強く握りしめる。 キファレス家とピスキウム家の想いを受け継ぎ、真っ直ぐに見つめた瞳は、まるで目の前に広がる海のように煌びやかだった。
「……ゲンテ、ただいま。待っていてくれたこと、感謝する」
「いいえ。おかえりなさいませ、ゼラ様」
ただいまと、おかえりを言えるゼラの居場所はここにある。
彼はもう迷わない。
「ローズ様、必ず迎えに行きます」
この先、ローズが記憶喪失になっているなど、取り巻き役で仕えているなど想像もしなかったが、どんな現実が来ようとも立ち向かおうと決意した。
潮風になびく、ゼラニウムと薔薇の花は二人をそっと見守っていた。
「……そんな過去があったのね」
話を聞き終えたロベリアは、ゼラの横顔を見上げる。そして、記憶喪失で何も知らない自分がとても小さく思えた。彼女は、両腕で抱えていた足をぎゅっと引き締めた。
ゼラはすくっと立ち上がり、ロベリアの前に跪き剣を置く。君主に対する姿勢だ。
「ちょっと、急に何!? 何の冗談かしら?」
昨夜、ロベリアが避けてしまった青い瞳が、彼女を真っ直ぐに見ている。
「お迎えに上がりました、ローズ様」
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