26 心憂い

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26 心憂い

「あっ、ゼラくん……!」 ――リト……よね!?  会話が掴めず、ロベリアは耳を近づけた。 「いってぇ!」  ゼラの声と共に、風を切るような音がかすかに聞こえた。 ――何!? 何が起こっているの!? 「大丈夫? こいつまだ人に慣れてないんだ」 「あぁ大丈夫だ……驚かして悪かったな」 「ホー!」 ――フクロウ……? そうよね、ゼラに向かう女なんてよっぽどの物好きよ!  その言葉は自分へと返ってくるのだが、相手が女性でないと知ったロベリアは胸を撫でおろした。 「で、ゼラくん。今日呼んだのは何か訳があるんでしょ?」 「あぁ……。リト、昨日は付き合わせて悪かったな」 「全然。無事見つかって良かったよ」  ロベリアの捜索にリトも加わっていたらしい。ロベリアもお礼をしようと、ドアノブに手をつけた。 「リト、おまえにロベリアについて話しておくべきことがある」  ゼラの真剣な声を聞き、ロベリアはそっと手を離し再び座り込む。 ――なんだか入りづらいけれど、私の知らないところで自分の話をされるのは嫌だわ…… 「ロベリア様? 何? 惚気だったら帰るよ」 ――のっ、惚気!? ゼラに限ってそんな…… 「惚気なぁ……惚気られるほどの可愛さがあればいいんだがな」 ――何よ失礼ね! 可愛かったら子犬みたいで嫌いとか言うくせに! 「そんなこと言って、怒られるよ? ロベリア様はとっても美人で可愛らしいお方だよ。それに優しかった。傷ついた僕の頬をハンカチで拭ってくれたんだよ」 「そいつは初耳だな」  ゼラは少しむくれたが、そんな姿はロベリアに想像つくはずもない。 ――リト、あなたはきっと素敵な男性になるわ……ゼラと違って! 「あんな素敵な令嬢様がいるんだね。令嬢や貴族、王族って、下民のことなんてどうでもいいって思ってる人ばかりだと思ってた。人を駒のように扱い、命の数も多い少ないで捉える。一つの命が亡くなったことでさえ」 「リト!!」  毒を吐くように身分の高い者を軽蔑するリトを、ゼラは低く鋭い声で鎮めさせる。 ――リトはゼラが赴いた戦場にいた子だったわね……  リトは、ピスキウム国が援軍を出さなかった先「レポリス国」の出身者だ。 ロベリアは胸を締め付けられた。幼かった自分には政権がなかったとはいえ、自国が援軍を出さなかったせいで、リトは苦しめられている。 ――リト、ごめんなさい……いいえ、謝るのもおかしいわね……  どの国も自分の国が一番で、どの国も自分の国が正義だと思っている。レポリスに援助したところで、自国を守れるのだろうか。それに一度、自国の領地だったキファレス領が襲われている。リトを守っていれば、ゼラを苦しめていただろう。戦争なんてそんなものだ。誰一人苦しみのないことなどありえない。 「……ごめん。ゼラくんやロベリア様のことじゃないんだ。でも……僕は今でもあの国が大っ嫌いだ」 「あぁ、分かっている。大丈夫だ」 「……ありがとう。それで僕に話したいことって?」 ――そ、そうよ! 早く話しなさいよ、ゼラ!  背を向けて座っていたロベリアは、耳をドアのすき間に寄せ、完全なる盗聴姿勢をとった。 「昨日、ロベリアは悪党に攫われた」 「えっ!? 迷子じゃなかったの!? ゲンテがそう言ってたよ」 ――迷子って伝えてたの!? 私、そんなマヌケじゃないわよ! 「すまない、昨日はリトに真実を話す時間がなくてな。ゲンテにそう言うようお願いしていた。なんで攫われたか分かるか?」 「ゼラくんの婚約者だから、人質に取ろうとして金銭目当て? いや、それなら真っ先にゼラくんに一報が来るはずだ」  リトは頭の回転が早い。それは今回に限ったことではないのだが、彼は自分のことを平凡で弱者だと思っている。剣術も騎士団へ余裕に入れるほどの腕だが、ゼラやゲンテといった異才に囲まれていればそう錯覚してしまうだろう。 「ということは、ロベリア様は美しいから奴隷商へ売るつもりだったのか?」 「半分正解だ。まぁ売るとすればロベリアなら億ほどの高値はつくだろうな。容姿は端麗だからな。口煩いが」 ――うるさくて悪かったわね! てか勝手に売値つけるんじゃないわよ!  ニヤニヤと笑っていそうなゼラが想像ついた。ロベリアはドア越しに怨念を飛ばした。 「半分? もしかして売り先は奴隷商じゃないの?」 「正解。行先は……この国、アルニタク家だ」 「そんな……!! でもロベリア様である必要はないんじゃない? むしろ国の財源でもあるキファレス邸の婚約者だ。逆に国から殺される」  ただの奴隷として女性を欲しいとするならば、ロベリアである必要はない。悪党が裏切る、もしくはヘマをしたのなら、情報が漏洩し王国に汚名がつく。  そんなリスクを背負ってまで、ロベリアに固執する理由が、リトには分からなかった。数秒の沈黙があった。ロベリアも固唾を呑み、じっと構えた。 「……ロベリアの本当の名前はローズ。ローズ・ピスキウムだ」 「ローズ・ピスキウ……」  リトは言葉を失った。殺したいほど恨んだあのピスキウム家だったからだ。
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