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31 貴女に似合うドレスを
「パーティですって!?」
ロベリアは封筒から一枚のカードを取り出した。
『領主、令嬢に告ぐ
明晩七時アルニタク宮殿にて
フォセカ王女のご厚意によりパーティを行う』
「……なんだか招待されてる気がしないわね。それに明日だなんて急すぎるわ」
「昨日の一件があったばかりだ。避けたいところだが、そういう訳にもいかねぇ」
「そうね……」
フォセカのパーティに致し方なく不参加になった家は、じりじりと蝕まれるように潰れている。熱を出していようが、出産を控えていようが、遠い地に旅していようが、フォセカには関係ないのだ。自分以上に大事なものなど、この世に存在しない。
「そして参加する以上、王女より目立つことは禁止だ。ドレスでさえもな」
「ゼラのお母様のドレスは華やかなものばかりだわ。今から仕立ててもらうことはできるのかしら?」
「……お母様のドレス? 何を言ってるんだ?」
「私ドレスなんて持っていないもの。部屋にあったお母様のドレスをずっと借りているわ」
ロベリアは薄紫色のドレスの端を持ち、くるんと回った。
「……はぁ。おまえはどうしてそう鈍いんだ」
ゼラは額に手を置き、溜息をついた。
「鈍いって何よ!」
「部屋にあるドレスも靴も全部ロベリアのものだ。サイズも丁度いいだろ?」
ゼラはロベリアの足元から肩に向けて視線を流す。
「お、お母様と似ているのかなって……」
「なわけねーだろ。お母様はおまえよりももっとスタイルがいい」
「悪かったわね! ……ってなんでサイズ知ってるのよ!?」
「さぁなんでだろうな? バスト八十、アンダー六十五、ウエスト……うぐっ」
ロベリアがゼラの鳩尾に肘をお見舞いした。
「言わなくてよろしい!」
「いってーなぁ。とにかく既に手配はしてあるから夜には届く。明日はそれを着て行くぞ」
「キファレス家、怖いわね……」
ロベリアは三十センチほどゼラから離れて座りなおした。
「怖いのはアルニタク家だろうが……。お、ゲンテが来たな。ちょうどいい、明日の話をしよう」
部屋のノック音が聞こえる前にゼラが反応した。数秒後、トントンと音が聞こえた。
「本当ゼラって怖いわね……」
◆◆
「ということは、パーティに託けてゼラ様たちを襲う可能性があると……」
「あぁ、恐らくはな」
ゼラは明日のパーティの話をゲンテに話す。
「待って! どうしてゼラも標的になっているの? フォセカはゼラを利用していたはずじゃない!」
「昨日の一件で俺がおまえを助けたことで明らかになっただろう」
「遠くにアルニタク家の見張りがおりましたからな。一連を見ていたのでしょう」
ゲンテに右手を負傷させられ、ケイジュに処理されてしまったあの従者だ。
「取り逃がしてしまい申し訳ございません……」
馬車に乗りながら遠方からの攻撃だった。右手を命中させただけでもかなりの腕前だ。
「謝ることはない。どのみち王女には伝わる話だ」
「ゼラ様……ありがとうございます」
ゲンテは頭を深々と下げた。
「もし今は俺が標的でなかったとしてもだ。ロベリアに手を出さない俺にもそのうち怒りの矛先が向けられる」
――私が不甲斐ない王女ばかりにゼラやゲンテまでも……
ロベリアは俯き、ぎゅっとドレスを掴んだ。
――やっぱり女王にならなきゃ……でも……こんな揺れるようじゃ……
ゼラはロベリアの頬を引っ張る。
「ふぁい!?」
「何下向いてんだよ。今はしっかり話を聞け」
「ふぁ、ふぁかったから、ふぁなしなふぁいよ!(わ、分かったから、離しなさいよ!)」
ゼラがふっと笑う。朝、ダンスをしたときに見せたあの優しい微笑みと同じだった。
「そこでだ。明日ゲンテは宮殿近くで待機しておいてくれ」
「はっ。かしこまりました」
「ねぇ、ゲンテだけで大丈夫なの?」
「おやおや、ロベリア様。私だけでは頼りないですかな?」
ゲンテはお決まりの逞しい腕を見せつける。
「いえ、そうではないわ! ただ向こうも狙ってくるとしたら人数がいるんじゃないかしら? もしかして来客が全員敵だなんてことも」
「珍しく頭が回ってるな」
「珍しくって何よ!」
「だがその心配はない。王女も事を大きくしたくはないだろう」
ゼラは紅茶を飲み、一息入れる。
「そうだな? ゲンテ」
「えぇ。アルニタク国の領主に学園のご令嬢、諸国の王族に招待状は届いているようですから、恐らく招待客の方々は問題ないでしょう」
「相変わらずの情報網ね……」
どこから仕入れてくるのだろうか。もしかしたら一番怖いのはゲンテなのかもしれない。と思うロベリアだった。
「とはいえ、誰がどう仕向けてくるのかが不明だ」
「悪党が変装してくるとかではなくて?」
「悪党で失敗しているからな。再び起用することはないだろう。それに悪党の教養じゃ変装していても気づかれる」
確かにそうね、とロベリアは昨日の悪党を思い浮かべた。いくら豪華な服を纏っていても放たれる雰囲気が全然違う。
「……とにかく。絶対俺から離れるんじゃねぇぞ。旨そうなケーキがあってもな」
「そこにゼラよりも魅力的なケーキがあるというのに? 無理よ」
王国で出される料理は逸品だ。王国でしか食べられない諸国の料理や珍味もたくさんある。
「おまえってやつは……」
「まぁまぁロベリア様。今晩は王国に負けないほどの料理をお作りしますよ」
「本当!? 嬉しいわっ」
ロベリアはキラキラと目を輝かせ、満面の笑みを浮かべた。
「はぁ……本当に大丈夫か……?」
先が思いやられるゼラなのであった。
◆◆
翌日。
ロベリアは、昼までアスタによるダンスレッスンを受け、今はパーティに向けて支度をしていた。
「も~! ロベリア様素敵ですわ! スレンダーな紺色のドレスも綺麗に着こなされていますわ!」
「そ、そうかしら?」
「装飾がなくても、ロベリア様が着ればこんなにも華やかになるのですね! 夜の海に浮かぶ満月のようだわ!」
フォセカの手前上、派手な装飾は避けていたが、ロベリアの容姿端麗な姿は飾り気がない方が映えるだろう。より一層、美人を際立たせていた。
「でもお胸が少しキツそうですわね……」
「太ったんだろ」
「そうなのかしら……ってゼラ!? ノックしなさいよ!」
「した。ただおまえたちが盛り上がって聞こえてなかったんだろう」
そう呟くゼラもいつもの雰囲気と違っていた。前髪を上げオールバック。ロベリアと同じ紺色のロングコートに、金色の刺繍。少し襟の立ったワイシャツに藍色のネクタイがつけられ、紺色のベストの中にしまわれている。ロベリアは胸がきゅっと締め付けられたが、気づかれないように平然を装うことに集中した。
「ちょっとゼラ様!? 太ったんじゃありませんの! ロベリア様は成長していらっしゃいますわ! ますます魅惑的なボディになりますのよ!!」
「ほお……それは楽しみにしておかないとな」
ゼラは下から上へとロベリアの身体をチェックした。彼女はとっさに両腕で身体を隠す。
「見ないでよ!」
「なんでだよ」
「もー、お二人とも。ゲンテさんがお待ちですわよ」
「遅刻も首が飛ぶからな。急ぐぞ」
くるっと背中を向け、スタスタと先を歩くゼラ。いつもと違う彼に、後ろ姿でさえも、ぽーっと見惚れてしまう。そのロベリアの姿に、アスタが微笑んだ。門を出ると、ゲンテが馬車に乗って待っていた。
「これはこれは! ロベリア様、とっても素敵ですな! お美しい!」
「なんか恥ずかしいわね……ありがとう」
「いやーゼラ様の選ばれた衣装も正解ですな!」
ゼラはちらりとロベリアを見て、何も言わず馬車に乗り込んだ。
「ちょっと何とか言いなさいよ!」
馬車の外ではロベリアが頬を膨らまし吠えている。
ゼラは片手で口を覆い、窓の外を眺めた。
「……反則だろ」
ロベリアには聞こえない小さな声は、耳の赤らみと共にゆっくり消えていった。
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