34 離さない

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34 離さない

 扉の向こうには、領主や令嬢、諸国の貴族など百名以上もの招待客が賑やかくしていた。二人が一歩踏み入れると、賑やかしい声もざわついた声に変わる。 『殺人狂のゼラ・キファレスだぜ、近づいたら殺される』 『フォセカ様を散々いじめてきたあの女、よくも堂々と来れるわね』 『なんで二人がくるのかしら……フォセカ様ったら本当慈悲深いお方だわ』  冷酷非道の狂人と噂されるゼラ・キファレス。  フォセカの嫌味を言いふらし、彼女を取り巻いていたロベリア。  二人の事を知らない領主や令嬢は、初見こそ目を奪われたが、耳にする噂で一気に幻滅する。 「散々の言われようね」  ロベリアがこそっとゼラに話しかける。 「俺は構わねぇけどな。変な虫がつかなくて楽だ」 「虫ってねぇ……」  宮殿の中へ堂々と入っていく。誰もが道を開け、近づこうとしない。  ゼラは全体を見渡し、怪しげな言動をとる人物や隠された凶器がないか確認する。 「一見、大丈夫そうだな」 「ねぇゼラ、あれは?」  ロベリアが指を差した先には、豪勢な料理やお菓子がテーブルいっぱいに置かれていた。   「……はぁ。恐らく大丈夫だろう。皆が取れるビュッフェだからな。ロベリアだけを狙うのは難しい」 「そうよね! 行くわよ、ゼラ!」 「待て。今日のおまえは俺の婚約者であり、フォセカ王女を取り巻いていたロベリアだ」  ここ数週間ですっかりキファレス家の住人になってしまったロベリアは、王女だった頃のローズの無邪気な性格を取り戻していた。記憶喪失になったとて彼女は彼女だった。 「……そうだったわ」 「今日のロベリアは食い意地を張るような人間じゃないはずだ。それにもっと冷酷な雰囲気を出していたはずだが」 「……あの頃に戻るのね」 「今だけな」  ロベリアは、はぁっと溜息をつき、背筋を伸ばし周りの人間を睨んだ。ロベリアを興味本位で見ていた者どもは、怯えるように目をそらした。 「あんなに美味しそうなのに、思いっきり食べられないなんて……」  ロベリアが己の欲望と葛藤していると、辺りが再びざわつきだした。二人に向けられていた声と真逆の甲高い声だった。 『キャー! あれ、レポリス国のソニア様じゃない!?』 『そうよ、そうよ! ソニア様に会えるなんて思ってもみなかったわ!』  レポリス国第二王子であるソニアが登場した。金髪に真っ白で統一された王子服。ゴールドの装飾も品高く輝いている。 「王子?」 「あぁ。ピスキウム国の隣に位置するレポリス国のソニア王子……」  ゼラは眉間に皺を寄せ、聞き覚えのある名前に回顧していた。 「リトが出身の国で、かつて私のところが同盟をしていた国よね」 「…………」 「ゼラ?」  ゼラが何かに気づいた時、ソニアはすでにロベリアの前へ来ていた。 「君は……ローズちゃん!? その美しいブロンドヘア、新緑色の瞳に、透き通るような白い肌……間違いない、君は」 「ソニア王子、こちらは私の婚約者であるロベリアです。ローズ様のようなど恐縮です」  ゼラが頭を下げ、ソニアの言葉を遮った。ロベリアもつられて、ドレスの端を持って一礼をした。 「初めまして。ロベリアと申します」 ――この王子、私の過去を知っているの?  ソニアは二人の顔を上げさせ、まじまじとロベリアを見た。 「うーん、人違いだったようだ。ごめんね? でも君もとっても美しいよ。婚約者さんがいなければ僕が奪ってしまいたいぐらい」  ソニアはロベリアの手の甲に小さくキスをした。 「なっ……何を……!?」  そう思ったのは本人であるロベリアだけではない。会場にいる令嬢も皆が皆、悲鳴を上げた。当然、ゼラの心も穏やかではない。冷静を保とうとしているが顔が引きつっていた。 「振られちゃったら、いつでも僕のところにおいで?」 「王子。お言葉ですが、私はロベリアを手離すつもりはありませんので」 「おやおや、これは愛されてるねぇ」  手をヒラヒラさせその場を立ち去るやいなや、ソニアはあっという間に令嬢に囲まれた。 「……何なのよ、あの人」 「……ローズ様のかつての許嫁だ」 「えっ!? そうなの!? ならローズをよく知っているわよね」 「あぁ……。でもどこか怪しいな」  ゼラは令嬢に囲まれているソニアを遠目で睨め付ける。 「いいか、あいつだけには近づくな」 「……分かったわ」  突然、辺りが薄暗くなり、宮殿の中央に設けられた大階段だけに火が灯る。  コツン、コツンと靴の音が近づき、階段の上に一人の女性が現れた。 「皆様、ようこそアルニタク宮殿へ。今日はゆっくり過ごしてくださいね」  大きなリボンでくくられたポニーテールに、ダイヤモンドが散りばめられた真っ赤なドレスを纏った、本日の主役。 ――……フォセカ!!!  ロベリアは降りてくるフォセカをずっと睨んでいた。
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