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35 知るということは
フォセカが階段を降りると、誰しもが彼女に近寄った。持て囃され、満更でもない笑みを浮かべている。
「眉間にシワが寄ってるぞ」
ゼラはロベリアの眉間を小さく指で弾いた。
「痛っ。普通に声かけなさいよ」
「弾き甲斐がありそうな眉間だったんでな」
「何よそれ」
「にしても……相変わらずだな」
我が我がと皆がフォセカに群がるも、後方からソニアがやってくると誰もが道を開け、フォセカまでの花道が作られた。
「フォセカちゃん。今日はご招待ありがとう」
「ソニア様！」
フォセカの目が輝き、体をくねらせる。
「フォセカったらあんなに尻尾振っちゃって……気持ち悪い」
「本当のことを言うな」
「ゼラもじゃない」
二人は顔が引きつりながらも、フォセカの言動を注意深く見ていた。会場にはフォセカをさらに高揚させるような声が飛び交う。
『アルニタク国の次期国王になられたら、なんと喜ばしいことだ』
『きっと男の子が生まれたらソニア様のように爽やかで、女の子が生まれたらフォセカ様のように美しいのだわ』
『あら気が早くってよ』
噂を耳にしたフォセカは、ソニアの手を取るといった大胆な行動をとり、彼をじっと見つめていた。
「……ゼラ、私吐きそうだわ」
「上向いて吐け」
「逆流するじゃない」
ソニアは優しく手をほどき、フォセカの頬に手を添えた。
「パーティが終わったら、って言ったはずだよ？」
手を降ろし、ソニアは微笑んでその場を去った。その一連を見ていた会場は黄色い歓声で包まれ、誰しもが煌びやかなアルニタク国の未来を想像していた。ソニアは再び令嬢たちに囲まれ、フォセカとの関係を質問攻めされていた。
一方フォセカは扇子で口元を隠しているが、にやつきが止まらないのであろう。目元は三日月のようになっている。勝ち誇ったようにロベリアに向かって歩き出した。
「……ふん、相変わらず地味なドレスね。ロベリア」
扇子で口を覆ったまま、小さく会話する。
「フォセカ様……。この度はご招待いただきまして、ありがとうございます」
「キファレス邸ではうまくやっているのかしら？」
「え、えぇ……」
フォセカはゼラの顔をチラッと見た。ゼラは丁寧に一礼をしたが、顔は合わせなかった。
「そう……長く続けばいいわね」
「どういうことでしょうか？」
「さぁ？ ま、今日も頼むわよ。しっかり働いてちょうだい」
ロベリアを見下していた平坦な茶目は輝き、フォセカが扇子を下げ、すぅと息を吸う。
「あら、ロベリア！ 美しいドレスね！」
声色を高くし、周りから注目を浴びさせる。
――やれ、と。
ロベリアはフォセカを睨め付け、声を大きくし罵倒をする。
「ふん、当たり前ですわ。フォセカ様ったら、相変わらず幼いリボンをつけていらっしゃるのね。あら、これダイヤモンドですの？ くすんで見えますわ」
フォセカが虐げられている声を聞きつけた令嬢たちがぞろぞろと集まった。
「ちょっと、ロベリア様！？ あなたご招待された上に何を仰っているんですの！？」
「ふん。このパーティだってフォセカ様に王女という肩書がなければ誰も来ないわ。魅力的じゃないもの」
「あなた、フォセカ様が羨ましいからって、いい加減取り巻くのをやめなさいよ！ 退学した半端者のくせに！ 何がしたいの！？」
令嬢たちが一斉にロベリアへ牙を向ける。
――何もしたくないわよ！
纏わりつく令嬢たちを鋭く睨んだ。そうするしかなかった。今にでもフォセカの本性を暴きたいが、このような状況で話したところで火に油を注ぐようなものだ。両手を握りしめ、ぐっと堪える。
「そこまでですわ、皆様」
この機を待ち望んでいたかのように、フォセカが制裁に入った。
「いいんですのよ。ロベリアの言う通りですもの」
「そんなことありませんわ！ なぜフォセカ様はロベリア様を罰しないのですか？ あなた様のお力があればロベリア様など」
「いけませんわ。彼女は幼少期の記憶がございませんの。きっとこの態度も何か訳があるのだわ。私はロベリアを助けたいの」
ロベリアを弱者に仕立て上げ、フォセカは優越感に浸りながらも、周りからの好感度を高めている。当然ロベリアを味方する令嬢など、誰一人この会場にはいない。
「フォセカ様……なんてお優しい……」
「私に悪態をつくだけで気が紛れるのであれば、私は喜んでお受けいたしますわ」
「私は本当のことを言っているだけよ！ いい子ぶらないでちょうだい！」
ロベリアは最後にそう放つと、ふいっと背中を見せ、廊下へと出た。
「おい、ロベリア！」
二人への冷たい視線が降り注ぐ中、ゼラはロベリアの後を追った。
廊下に出たロベリアは、壁に背をつけ、天井から吊るされたシャンデリアを眺めて大きくため息をついた。
――……こんなにも突き刺さるような冷たさだったかしら
学園にいた頃よりも、もっと体の深くまで突き刺さっている気がした。幾つもの目が頭を支配する。
「逃げ足早すぎるだろ」
「……なんだか実際に見られてしまうと、情けないわね」
新緑色の瞳がキラキラと揺らいでいるのはシャンデリアのせいか。
それとも――。
ゼラは茶化すことなく、ふわっとロベリアを包みこんだ。
「……そんなことねぇよ。今までよく頑張ったな」
何するのよ、といつものように反抗する言葉は出てこなかった。
いつも以上に視線を冷たく感じたのは、人の温かさを知ってしまったから。
酷悪な言葉に嫌気が差したのは、情愛な言葉の心地よさを知ってしまったから。
知るということは、こんなにも感情を深く重くさせるのだと、また知る。
ロベリアは小さく「うん」と呟いた。
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