43 帰る場所

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43 帰る場所

「さて、と。あなたの相手はこの私でございますぞ」  暴走し去ってゆくロベリアの姿を無事見届けたゲンテが、ケイジュに声をかける。 「…………」    フォセカより『ロベリアを追え』と指示されたのだろうとゲンテにも予想はついていた。 「にしても、あなたは私と同じようなにおいがしますな」  ケイジュは黙ったまま、手に四つのナイフを構えていた。既に放たれたナイフは三本。服の下には数知れぬナイフが隠されているのだろう。 「ふむ。その構え、思った通りです。あなた、ズワルトの出身でしょう?」 「…………!」  ケイジュは少しだけ体勢が揺らいだ。 ――ズワルト。  どの国にも属さず、闇に潜む暗殺組織だ。限られた人間にしか知られていない。ズワルトとの交渉には莫大な金を要するため、富裕層の中でもさらに上層にある者ができる闇取引だ。 「といっても、旧ズワルトは壊滅しましたから、あなたの若さからすると新ズワルトの出身でしょうか」  旧ズワルトはズワルト一家の崩壊と共に壊滅した。しかし、ズワルトを偏愛する一部の富裕層が、新興宗教のようにズワルトを復興させたのだ。ケイジュが属していたのは、復興後の新ズワルトだ。 「……差し詰め、アルニタク国があなたをズワルトから買い取ったといったところでしょうかね」 「…………なぜズワルトの存在を知っている。お前もあいつらの、仲間、なのか」  ケイジュはギリっと八重歯を見せ、ナイフをさらに強く握りしめた。 「仲間だなんてとんでもない。……申しましたでしょう、あなたには同じようなにおいを感じると」  ゲンテは、ケイジュと同じように四つのナイフを構えた。 「手に四つのナイフを構える姿、発祥は私なんですよ。組織の崩壊後も受け継がれていたとは驚きです」 「……お前まさか……! トギー・ズワルトか!」  トギー・ズワルト。それはかつてゲンテが暗殺者だった頃の名前だ。ケイジュの言い方からすると、どうやらゲンテの旧名は新ズワルトにおいて何かしらの影響があるようだ。 「そんな時もありましたな。それより、その戦闘態勢が乱れていますよ。お教えいたしましょうか。それとも――ここで終わりにしますかな」  ゲンテの口調は落ち着いてはいるものの、灰色の瞳に光は消え、咎人のように闇に堕ちた目をしている。放たれる覇気は、ケイジュをよろつかせた。戦わずとも既に勝負はついている。ケイジュもそれを感じ取ったようだが、体勢だけは崩さなかった。 「……トギー、一つ聞く。なぜおまえは実の家であるズワルトを壊滅させたんだ」  その声に憤りはなく、彼は新ズワルトのそれを望んでいるようだった。 「ただの親子喧嘩ですよ。私が父より強くなった、ただそれだけです」 「…………」  ケイジュの殺意が失われたと判断したゲンテはナイフを丁重に胸ポケットへとしまった。 「…………なぜしまう。見下しているのか」 「あなたは戦いを望んではいない」 「…………」  かつてトギーだった自分をケイジュに重ね合わせ、彼の呪縛された心を解放させる。 「もし私の愛する方々を傷つけるのであれば、今ここであなたの息の根を止めます」 「…………」 「けれど、そうでないのであれば見逃しましょう」 「…………」  ケイジュは黙ってゲンテに背を向けた。彼の向いている方向は、アルニタク宮殿でもキファレス領でもなかった。 「生きなさい、あなたの道を。もう縛られる必要なんてないんですよ」 「…………あぁ」  ケイジュは小さく微笑んだ。  雑木林の木々の上を軽やかに飛び、ケイジュは去っていった。行き先は恐らく―― 「あなたに幸あらんことを」  この先、ケイジュがどうなろうと彼の人生だ。けれどゲンテは生きていてほしいと力強く願った。 「……さてと、私も前に進まなければなりませんな」  ロベリアたちはゲンテの過去を知らない。それを告げる時が訪れたのだ。 「嫌われてしまうでしょうか。……などと考えるあたり、私も随分丸くなったものですね」  暗殺者として闇に潜んでいた自分が、今や他人に嫌われてしまうと不安を抱えている。そして執事として他人の世話をしたりクッキーを焼いたりもしているのだ。そんな状況にクスッと口元が緩んだ。 「こうしてはいられません! ……おや、リト様の足音が」  遠くから「ゲンテー!」と叫ぶリトの声がする。   「こちらですよー!」  ゲンテは声を上げ、向かってくるリトに近づく。 「っはあ……はぁ……ゲンテの姿が見えた、から……」 「リト様、ご無事で何よりです」 「それよりゼラくんは!? ロベリア様は!? どうしてゲンテだけがここに!?」  物凄い形相でゲンテを見上げるリトの目は真っ赤に腫れていた。 「お二人なら大丈夫です……といってもロベリア様の操縦は不安なところではありますが」 「ロベリア様が馬を!?」 「えぇ。でもきっとロベリア様なら大丈夫でしょう」  ゲンテがリトの目元にそっと指を置き、今にも溢れだしそうな涙を拭った。 「とっても腫れていらっしゃいますな。何かございましたか」 「……うん。みんなに話さなきゃいけないことがあるんだ」 「おや、奇遇ですな。私もです」 「……ゲンテも?」  「あのゲンテにも秘密ごとがあるの?」とでも言いたげに、リトは目を丸くして驚いていた。 「えぇ。……ゼラ様が起きられたら、みなさんでお茶でもしながらお話しましょう」 「そうだね」 「さぁ、急いで帰りましょうか。お二人が心配ですから」  ゲンテは木に登り辺りを見渡したが、盗難、いや拝借できそうな馬もなかった。それにまだアルニタク領地だ。領地を抜けるまでは下手に動かない方が無難とも判断した。 「リト様、走れますかな」 「うん。ゲンテこそ大丈夫?」 「まだまだ若い者には負けませんぞ! さ、よーいドン!」 「あっ、ズルい!」  雑木林を駆ける二人は、周りから見れば駿足な動物が走るかのように風を切っているのだが――愛する家族の元へと仲良く帰っていった。
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