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48 作戦会議(1)
ゼラが帰宅した翌日。ローズはリトとアスタをキファレス邸に呼び、ゼラとゲンテを含めた四人を広間に集めた。長方形のテーブルが真っすぐと伸びた先にローズが座る。ゼラはローズの左前へ。その隣にリト。右前にはゲンテ。その隣にはアスタが腰を掛けた。
「さぁ、作戦会議よ!」
目を輝かせたローズが紙と羽ペンを持ち、活き活きと告げる。王女が国を取り戻す前代未聞な戦いが始まるというのに、彼女は深刻な顔を見せず陽気な声を上げている。ゼラは眉間に手を当て渋い顔をした。
「そもそもアスタには何も伝えていないのでは?」
「いえ、アスタにはゼラが帰ってくる前に話しておいたわ。といっても、アスタにはすべて気づかれていたみたいだけど」
ローズはアスタに目を向けて小さく微笑んだ。
「お二人を見ていれば分かりますわ。それよりも……」
アスタがゆっくりと微笑むと同時に、腰につけていた革鞭を目に見えぬ速さで抜き、バッチィィィンと床を叩いた。ローズとゼラ、そしてリトまでも背筋を張って座りなおし、三人の口はぎゅっと強く閉じられアスタの言葉をじっと待った。
「その不揃いな髪、ありえませんわ! 今すぐ整えに行きましょう!? ね?」
ゲンテの影からひょっこりと顔を出し、目を潤わせながらローズに訴えている。ゼラとリトは緊張の糸がほぐれ、椅子に背をつけていた。昨日、ローズの髪を見たアスタは眩暈がするほどひどく驚き、すぐにでも理容師の元へ連れて行きたかったが、ゼラが不在の中、表立った行動は避けるべきだと苦渋の判断をしたのだ。
「はいはい、近々行くから」
「お約束ですわよ!?」
ゲンテにそっと差し出されたハンカチでアスタは涙を拭った。
「ということで、ゼラ。何かいい案はない?」
「はい? ローズ様、何か案がおありで会議を開いたのではないのですか?」
「ないわ!」
ローズは当然のように返答するが、決して考えを放棄していたのではない。ローズとなったあの夜から、ずっと考えていた。ローズに権利があるはずの国を取り戻すことは反逆とは言えないかもしれないが、一歩踏み外せば、ピスキウム王女と偽名を乗っている反逆者として収束させられ公開処刑、もしくは奴隷の結末だ。まずは現在のピスキウム国に対抗するだけの勢力がいることは理解できるが、記憶もなく伝手もない彼女に名案は浮かばなかったのだ。つまり、結果として「ない」ことに変わりはない。
ゼラは小さくため息をついて、そっと口を開いた。
「……昨日、プロキオン家の令嬢と話しました」
「ジャミね! 変なことしてないでしょうね?」
「してませんよ」
茶々を入れるローズを流れるようにかわし、ゼラがシャツの下に隠していた首飾りをそっと出した。
「これはピスキウム国王に代々受け継がれる紋章のペンダントでしたな。しかしこれが何か……」
ゲンテは目を凝らして紋章を見るが、特に変わった様子はない。存在を知らぬ者からすればただの装飾品にしか見えないだろう。
「あぁ。これには魔力が宿っているようだ」
「魔力!? ジャミがそう言っていたの?」
「えぇ。彼女が手をかざすとこの紋章は魔力を発揮し光りました」
ゼラは紋章の近くで手をかざし、ジャミがしたことを真似てみせた。当然、光は出ない。
「もしかして、魔術の歴史が絡んでいるのかしら? かつては国王と魔術師は深い関係にあったようだから」
尽かさずアスタが呟いた。鞭を振り回すだけのサディスティックな教師だけではなかったようだ。王国に仕えていた教師らしい博学ぶりをみせていた。
「あぁ。アスタの言うとおりだ」
「なるほどねぇ。今の国王が持っている紋章は魔術が宿っていないから光らない、つまりジャミの手にかかれば偽物だと分かると」
「えぇ……ってローズ様!?」
紋章を凝視しながら流暢に答えたローズはゼラから凝視されている。
「何よ」
「いや、冴えていらっしゃるというか、なんというか。ローズ様らしくないというか」
「馬鹿にしないでちょうだい!」
アスタに扱かれながら猛勉強をしてきた日々は決して無駄ではなかったようだ。知識量だけでなく分析や判断力もゼラが驚くほどに上がっていた。とはいえ、ローズはもとより頭が良い。かつて通っていたシリトン学園では成績順位の改ざんがなければロベリアが一位であったし、王女としてピスキウム宮殿にいた頃も怠け癖はあったものの勉学に作法、ダンスなど与えられた教養は卒なくこなしていた。
「とまぁ、ローズ様の仰る通りで、これが本物だと証明はできます」
「でもゼラくん、証明するっていつ?」
紋章を不思議そうに見ていた丸々とした緋色の目は覗き込むようにゼラを捉えた。ローズは頷きながらそのリトを見る。
「国を奪う瞬間だ。恐らく、本物が出現すれば国王も側近もわずかに怯むだろう。その一瞬に剣を突き出す。失敗は許されない」
「なるほどね。ということは、今の国王って私のこと知らないの?」
「恐らくは。今のピスキウム国王はピスキウム家の親戚だと周囲は思っています。その立証人となったのがアルニタク国王。アルニタクとピスキウムは古くから交流はありましたから。まぁその親戚も嘘の話で、実際はアルニタク国王が手配した駒。ピスキウムで得た金銭の多くをアルニタクに流しているはずです」
ローズは顔をしかめているが、話にはついてこられている。ローズを一瞥したゼラはゲンテが用意したハーブティをひと口飲み、話を続ける。
「アルニタク王は、ピスキウム王がローズ様と手を組みアルニタクへ襲い掛かることを危惧して、生存を伝えていないのでしょう。ローズ様が動けば、ピスキウムの民衆も動く。それほど、ラークス様が統治されていた頃のピスキウムは愛されていました」
昔を懐かしむようにゼラ、ゲンテ、アスタは小さく微笑んでいた。ローズの胸がじんわりと温かくなる。父親の記憶などないが、三人を見ていればどれだけ愛されてどれだけ愛していたのかが分かる。
「ピスキウム国がアルニタク国に統一、もしくは配下にならなかったのはなぜ?」
ここでローズが言う配下は、裏で支配されているものではなく可視化されたものだ。
「暴動を起こさないためでしょうな。アルニタクは独裁政権の噂もあり、あまり良い国として映っておりませんでしたから、アルニタクが上へ着いてしまえば、民衆の暴動が起きることを恐れたのでしょう。その点、ピスキウムの親戚つまりラークス様と血筋が同じ者が立てば民衆は納得される。ラークス様は慕われておりましたから」
ゲンテが腕を組んで大きく頷きながら答えた。
「ならレポリスは? ピスキウム事件の真相は、アルニタクがレポリスに罪を負わせた事件。それならば、民衆からするとレポリスに支配されることを恐れたはず」
今日のローズは冴えている。次々と質問をし、己の知らない話の理解を深めていく。
「反論するレポリスにアルニタクが金で黙らせたのでしょう。まぁ当時のレポリスはキファレス領のワインが優秀なせいで金欠に陥りましたから」
ゼラの言葉の裏にはレポリスではなく、恋敵のソニアがいるのだろう。皮肉な笑い方で対抗してみせたが、ローズに真髄までは伝わらなかった。
「とまぁ、ここまではすべて俺の推測ですが」
「私もゼラ様と同じでございます」
「私も当時の動向や歴史を辿っても、正論だと思いますわ」
長年者……と括ってしまえばアスタから鞭が飛ばされそうだが、ゲンテやアスタもゼラの推測に異議はない。ローズやリトも疑義の念は抱かなかった。
「話を戻しますが、この紋章を見せるその瞬間をどう作るかが問題点です。この五人だけでは勝てるはずもない」
「そうね……多くの人に見てもらう必要もあるわね。ただの内輪揉めじゃ国民の支持は得られないわ」
ローズはバタークッキーを頬張り、小動物のようにもごもごと咀嚼する。
「やっぱり熱でもおありなんじゃ……」
「失礼ね!」
ローズはバタークッキーを二枚手に取り、にんまりと笑いながらゼラの口に突っ込んだ。「ふぁにするんふぇすか(何するんですか)」とローズの手を掴まえ抵抗するも、糖分を欲していた体はそれを喜んで迎え入れた。
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