──作戦会議(2)

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 ──作戦会議(2)

「でもここで五人が十人、二十人になったとて変わりませんわね」  アスタはふくよかな胸の下で両腕を組んで答える。 「もし他国の勢力を味方につけられるとしたらどうでしょう? 恐らく、ソニアはこっちの味方になってくれます」 「ソニアはゼラを斬った相手よ? というかリト、ソニアと何かあったの?」  両手についたバタークッキーの粕をサッと払いながらローズが質問を返した。 「はい……ちょっと色々と」  リトの顔が一瞬暗くなったのを見逃さなかったゼラは、リトの頭をそっと撫でていた。 「へへ……でもソニアは、本当は悪い奴じゃないんです。本当の自分を見失っていただけで、あの夜ソニアは自分を犠牲にして僕を逃がしてくれました……それに『ローズとゼラに謝ってくれ』って言ってました。だからきっとソニアは、こっちの味方をしてくれるはずです。だって……僕の大事な友達なんです」  ローズたちを逃がした後、友人の腕に剣を入れたこと、介抱もせず逃げたこと、あの夜の話を涙をこらえながらぽつりぽつりと話した。 「リト……辛かったわね」 「いえ……ローズ様、すみません。あんな想いをさせてしまって……」 「リト、おまえが謝ることじゃない。ただ、俺はあいつが嫌いだ。斬られていなくともな」 「あら、ゼラ様。それは嫉妬ですわね」 「そんなんじゃねーよ」  にやけ顔のアスタが耳を赤くしたゼラをからかう。さっと視線を逆方向に向けるが、ローズと目が合ってしまい、ローズにも赤らみが伝染した。 「でっ、でもソニアがいるレポリスって昔ゼラの家を……そう簡単に味方になるとは思えないけれど」 「あぁ。レポリスは分からねぇが、リトがそう言うならソニアは信じていいんだろ?」 「うん。ありがとう、ゼラくん」  仲睦まじい二人の光景を聖母のように見つめるローズは、リトの想いを決して無駄にはさせないと強く心に誓った。 「味方がいるって分かったのは大きいわね」 「そうですね。ただヤツを味方につけただけではまだ不十分ですが……」 「もし、アルニタク家の勢力が落ちていたとしたらどうでしょうか?」  ゲンテは両手を机上で絡め、神妙な面持ちで提議する。 「アルニタクが? それはないんじゃないかしら。今は地方で争いもしていないし軍事力も落ちていないわ。むしろ体制は整っている」  ローズの言うように、アルニタクの軍事力は最高潮の状態であるはずだが、ゲンテが幻想めいた理想論など語ることはない。 「……ゲンテ、何か根拠があるんだな」 「えぇ。みなさん、ズワルトはご存知ですかな?」 「随分昔の記憶だが、国に属さない暗殺組織があったと噂には聞いたことがある。巨額を積めば命令通りに殺す。たとえそれが仲間だろうと自分だろうと……だが今は崩壊したと耳にしている」  イチ領主では知ることのできない情報だろうが、ピスキウム宮殿で過ごした領主(ゼラ)だけのことはある。どことなく噂は聞きついていたのだろう。 「えぇ、その通りです。巨額ゆえに扱えるのは国王やその家族のみでしょうな」 「何よそれ……国の支配者たちはそんな組織と手を結んでいたわけ? ならお父様も?」  一方、ローズは何も知らなかった。記憶がないとはいえ、ローズが生まれた時にはとっくに崩壊しており、歴史として刻まれている。 「いえ、ラークス様は絶対にそのようなことはされませんでしたよ」 「でした?」  ローズは首をかしげてきょとんとした顔でゲンテを見るが、微笑み返されるだけだった。 「……というか、それが今のアルニタクとどう関係しているの? ゼラの噂が本当なら今はもうないんじゃない?」 「はい、ズワルト一族によるズワルト集団は崩壊しています。ただ、ズワルトに幻想を抱いた集団が再興させたのです。その新しいズワルトの一人が、フォセカ様の側近でした」 「もしかしてあの時の」  ゲンテから馬車の操縦を託された時に現れた青年だ。なれない操縦に緊張し、負傷したゼラを抱えている状況であったために顔は覚えていない。 「ちょっと待て。色々と不可解だが……どうしてズワルトだと分かる?」 「戦闘態勢がズワルトそのものでした。それに彼が白状してくれましたし、アルニタクでの生活も窮屈そうでしたから、そのまま故郷に帰られましたよ」 「白状!? 故郷!?」  ゼラの椅子がガタッと揺れ、切れ長の目が大きく開いてゲンテを見ていた。話の間を探していたリトが口を挟む。 「ねぇ、ゲンテ」 「なんでしょう、リト様」 「ゲンテと合流したとき、どこも怪我してなかったよね。戦わなかったの?」 「えぇ。和解できましたから。これで敵意が残るようなら、私は容赦いたしません」 「和解って、その暗殺者と?」 「はい。可愛らしい執事さんでしたよ」  リトは「へぇー」とただ瞠目しているようだったが、ローズとゼラは震駭を隠せなかった。暗殺者相手に「可愛い」と言える肝の据わりは尋常じゃない。 「ゲ、ゲンテ、おまえは一体……なぜそんなことを知っている」 「これはラークス様との秘密ですから、誰にもお教えいたしかねますぞ」  小さくウインクをして茶目っ気を見せるが、二人は震えあがる一方だった。平和が一番と言わんばかりに優雅にハーブティを飲むゲンテはアスタと目が合い、お互いゆっくり微笑んだ。 「……ゲンテは絶対に敵に回したくないわ」 「奇遇ですね、俺もです」 「そんな避けないでくださいな。兎にも角にも彼によりアルニタクとズワルトは縁が切れたと考えていいでしょうな。彼がこちらに刃を向けることはないでしょう」 「他にもズワルトの人間はアルニタクにいないのか?」 「たとえいたとしても、彼ほど強い人間はいないのでしょう。フォセカ王女も仕留められる人間に命令を出したでしょうから」  ローズは用意していた羽ペンをやっと動かし、議事録を執る。 「えーと、つまり。ソニアが味方で、アルニタクの勢力は落ちている。そして紋章をバーン! と同時に国王もあのちんちくりんもバーンね」  達筆な字で書いているが、一行にも満たず擬音語ばかりの文章は果たして残しておく必要があったのであろうか。 「……ローズ様、平常に戻られて何よりです」  ゼラはローズの滑稽な姿にこらえきれずフッと笑みをこぼした。 「どういう意味よ! まぁとにかく、私たちが有利な状況に近づいているのは間違いなさそうね」 「えぇ。ただフォセカ王女は怒り狂っているでしょう。二度もローズ様を逃した上、執事が逃げたこともソニア王子とのパーティが台無しになったことも重なっていますから」  あの夜、負傷したソニアがフォセカに何を告げたのかは誰にも分らないが、一つも彼女の思い通りにならなかった事実は、彼女をヒステリックに発狂させるものだと容易く想像できた。今は嵐の前の静けさというべきか。 「あっ、そうですわ! ローズ様。ゼラ様とピスキウム国に足を運ばれてはいかがですか? フォセカ様が次に何を仕掛けるか分かりませんけれど……ソニア様の件もありましたから、そうすぐに手を出してこないと思うのです」  不穏な雲を消し去る太陽のように、アスタが明るく話を切り替えた。 「うん、僕もそう思うよ。ソニアが止めるか……少なくとも僕たちに不利な状況にはさせないと思うんだ」  アスタの意見を助長するようにリトも賛同し、ゲンテは隣で大きく頷いていた。 「えぇ。そうね、確かにピスキウムを知る必要はあるわね」 「でしたら決まりですわね! ゼラ様の休養もかねて、ご旅行気分で」 「いや、俺はこの数日の仕事が溜まって……」  その瞬間、地割れが起きたかと思うほどの振動が足を伝って皆の体に響いた。アスタが床に鞭を打ちながら、ゼラに近づいている。 「医師より安静にと言われているんじゃありませんの?」 「あぁ、でも俺はもう」  迫りくるアスタにたじろぐゼラを、ローズはケラケラと腹を抱えて見ている。 「ならばその背中をこの鞭で叩いて差し上げましょうか」 「い、いやそれは……はぁ……分かったよ……」 「はい、決まりですわ! キファレス邸は、私たち三人がしっかりお守りいたしますから」  優しく微笑むアスタ、ゲンテ、リトだが、その顔からは想像ができないほど戦闘能力は強い。いや、アスタに至っては戦闘とは呼べないかもしれないが、あの狂犬と囃し立てられたゼラ・キファレスを屈服させるだけの力はある。  「……よろしく頼んだ。……でしたらローズ様、ここは辺境とはいえピスキウムまでは少し距離がありますから、明日早朝より出かけましょう」 「えぇ! 楽しみね!」 「ではローズ様! 明日に向けてピスキウム国の歴史をお勉強いたしますわよ!」 「えっ」  ひょいっと振りかざされた鞭は目に見えぬ速さでローズの真横を落下し、バッチィイィンと再び大きな音が広間に響き渡った。 「はい……」  ローズは引きずられるように自室へと連れ去られた。唖然とした顔で二人を見つめたゼラ、ゲンテ、リトは次第に声を上げて笑った。
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