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11 親愛なる友人 ジャミ・プロキオン(1)
門番と一緒にプロキオン邸の敷地内へ入り、玄関が開かれると、親愛なる友人が勢いよく抱きついてきた。
「ロベリア! 来てくれたのね!」
「ジャミ!!」
ジャミ・プロキオン。ロベリアの元同級生であり、同じ図書委員だった。彼女は、プロキオン領地の次女にあたる。上には次期領主である兄と、すでに結婚して他領へ嫁いだ姉がいる。
エンジェルリングが光る、艶やかな長い黒髪、真っ直ぐ整えられた前髪からは、ラベンダーのような薄紫色の瞳が輝く。
色白の肌を際立たせるような真っ白のワンピースは、ジャミの透明感を増している。
「あら……? ロベリア、なんか臭いわね……」
「これにはいろいろあって……」
無銭で荷馬車に乗っただなんて、言えるわけがない。ロベリアは愛想笑いで誤魔化した。
「ま、いいわ! 話したいことたくさんあるの!」
「えぇ、私も」
ジャミは現在も、ロベリアがフォセカの取り巻き役として仕えていたことは知らない。当然、ロベリアも他言は許されない。
「まさか、ロベリアとこんな風にお話できるなんて、思ってもいなかったわ! とっても嬉しい! 今日はいい日になるわっ」
ジャミは今でこそ満面の笑みを浮かべているが、図書委員として配属された当初は、ロベリアに対して恐怖しかなかったと過去を振り返った。
──フォセカ様に嫌がらせしている、あのロベリア様よね……。あぁ、私も本など投げつけられるのかしら
できるだけ避けていたかったが、図書業務を行う以上、必要最低限の会話は必要になる。ロベリアの顔色を伺いながら話しかけていた。
『ロ、ロベリア様。もし……もしよろしければ、この本を……片付けを手伝ってくれませんか?』
『えぇ。でも私は五冊、あなたは百冊以上もあるじゃない』
『い、いいんです! 私、本が好きですから……!』
『……そう』
だが、月日が経つにつれて、ロベリアの本来もつ魅力が分かっていくジャミ。声をかけることに、抵抗はなくなっていた。
『ロベリア様、この本の片付けをお願いできますでしょうか?』
『えぇ。でも、今月もあなたの方が多いわ。半分っこしましょう』
『えっ、そんな! 悪いですわ!』
『いいのよ。私も本が好きだから』
そうして、一年を終えた頃には、二人は自然と会話をする仲になっていた。
『ロベリア! 今月は私と勝負しましょう! 本をより多く片付けた方が勝ちよ!』
『臨ところよ、ジャミ!』
しかし、廊下ですれ違うロベリアの姿は、相変わらずだった。ジャミがロベリアに声をかけようものなら、無視される。それがロベリアなりの優しさだと気づくのには、時間がかかったが、何かしらの言えない理由があるのだろう、ということも汲み取れた。
ジャミには、ロベリアがなぜ王女の周りを取り巻く人間なのかが理解できなかった。なにせ、王女の表面は天使のように可愛く、女神のように慈悲に溢れ、淑女のように慎ましやかな存在だからだ。
ロベリアが本当の悪女ならば王女への嫉妬から生まれた言動だと納得できるが、そうではない。ジャミが知り得たロベリアは、そうではないのだ。
ロベリアの姿が本物だと仮定するならば、王女の姿を否定することになる。
──もしかして。
頭が冴えるジャミは、あれやこれやと考えが浮かぶが、分かったところで、きっと助けられる力が私にはないのだろうとも理解した。ならば、この図書室のひとときだけは、ロベリアと一緒に笑い合いたい。そう願っていた。
「私もあなたとじっくり話してみたかったのよ、ジャミ」
一方、ロベリアにとって、図書委員の仕事は、唯一フォセカの監視がない最高の空間だった。無理に取り繕う必要性もない。ジャミに対しては、嫌がらせをするわけでもないが、思いやりのある言動もしなかった。この学園では誰一人、味方などいないと思っていたからだ。しかし、ジャミの無邪気で優しい性格は、ロベリアの冷え切った心を溶かしていった。
いつしか、ジャミの前だけでは、道具としてのロベリアではなく、人間としての自分でいられた。
唯一、友人でいてくれるジャミを守ろうと、フォセカの前では彼女を無視していた。
──ジャミ、ごめんなさい。でも、あなたのことを守りたいの
ロベリアもまた、図書室で笑い合えることを願って。
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