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厭世
───世の中の酸素が自分にとって毒である事を知った。吸い込むと油の様に体内に纏わり付き、吐き出す事の難しさに息苦しさを体感する。
それと同時に、他人が吐き出す二酸化炭素と音が自分にとって常に新品で切れ味の良い刃なのだと悟った。
呼吸はこんなに難しかっただろうか。
今までどうやって、酸素を取り込み二酸化炭素を吐き出していたのだろうか。
毀れのない刃とは物体を切る事に良質かつ優秀でも、目に見えない心を切られる感覚は悪質で脅威にしかならないのだと、今まで自分が平然と他人に振るっていた言葉と視線が刃であるとそこで初めて自覚した。
自らがその傷を得なければ、どちらも刃には見えないし痛みは感じない。痛みを知らなければ痛みを知ることが出来ない。
自分の都合良い意識の変化が顕著に現れ、たったひとつの言葉を音にして放出する行為も他人に向ける目線ですらも自己嫌悪を乗せて自分に返ってきた。
どれもこれも刃なのだ。
人は常に刃を振りかざしているのだ。痛みを感じない時があるのは、その時受けた刃は自らにとって刃であると思っていないからだ。
───15歳で自分が男であると知っていながら、世間の常識を知っていながら、同じ性別の人間に恋愛感情を多分に含んだ好意を抱いた。
同性を好きになった。
男が女を好きになるように、女が男を好きになるように、世間の殆どが常識としているそんな恋愛感情を同性に抱いた。
恋愛が何なのかを意識出来るようになった時、それは自覚を連れてきて、一緒に絶望も引き摺って来た。
トモダチだった。
それまではトモダチだったんだ。
自分の中で周りと同じようにトモダチだったのに、自覚が姿を現した瞬間に色も形も音も全てを書き換えて、トモダチではなくなった。
それでも関わっていくしかなかった。
だってトモダチだったから、急に異性のように意識しているなんて気付かれたら、そのトモダチ以外の友達も、話したことのない周りの人間すらも自分を殺そうと攻撃してくると分かってしまったから。
トモダチとして好きだという輪の中から、自分が食み出ている事を悟られてはいけない。知られた瞬間から、彼らの目に意識に入る所から逃げなければいけないんだ。
多数の攻撃に立ち向かえるほど、自分を貫けるほど、自分を確立していないし強くもない。簡単に切り刻まれて、死ぬまで続く痛みを抱える。
仕方ないんだ、だってそれが当然なんだ。常識から外れたらそれは必ず付いてくるもので、今まで過ごしてきた空間ではもう呼吸すら出来なくて、魔女狩りのように異端を排除する常識と偏見の中でどうにかして生きていかなければならないんだ。
道徳から外れた人間を、神も仏も救ったりはしないのだとその時は信じて疑わなかった。視野は狭まり自らに嫌悪して勝手に戒める事しか出来ない。
トモダチも、学校の先生も、近所の大人も子供も幼馴染みも親も、道徳から外れた自分のこの感情を間違いだと異端だと思って、『キミの為』という自らの不変ない常識のエゴを背後に愛情だと言っては更正させようと躍起になるか、汚いモノだという嫌悪を全身から発して遠ざける潔癖を見せるかのどちらかだ。
その時から既に分かっていたのは、親族は確実に後者であるという事だった。
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