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「あんたほど若くても疲れちまうんだ、向こうはよっぽど何かに追われてんだろうなぁ」
「……若いのに、とか言わないんですか」
「んなの関係ないよ。若いからってなんでも出来るっつーヤツは僻んでんだと思ってな。 出来る出来ないなんてのは年齢に関係ありゃしないさね。こんなジジイでも好きな事やってんだ、やりたい事ならやろうと思えやいつでも出来る。まあ、体が元気な内にはな、やるだけやって死にてーのよ」
豪快に笑った彼から手渡されたオクラの束は表面がふわふわしていた。
明るい日差しに照らされたその老人が、やけに輝いて見えて目を細める。
「他人様にでっかい迷惑かけなきゃ、みんな笑ってくれるんだよ、またやってらー元気だなってな」
彼が思う苦労とは違っているだろうけれど、同性愛者である事は実際生きていく上で特に支障になったりはしない。恋愛しないとダメだ、って人間でなければ。
恋愛出来ず、結婚もなく、一生独り身で過ごす事が親不孝だという世間の常識は、きっと無くならないんだろう。
それでも生きている人はいる。
自分の人生だから、と現実と向き合って過ごしている。それを甘えだと言う人もいるのは事実だけど、自分の人生だと胸を張って生きている事が羨ましく思う。
最後の大物だ、という御主人の声で持っていた茄子とオクラの束をカゴに入れてついて行くと、立派な南瓜が姿を見せた。
「蒸かすとより甘いし、煮ても揚げても焼いても旨い。酒の肴にも良い。南瓜ってな万能だ」
「重そうですね」
「しっかり詰まってるから、ひとつずつじゃねーと腰がやられちまうわ」
元気に声を張って笑う老人は、その重さは美味しさだと言って一つの南瓜を採って差し出した。
持つと想像よりも重く、叩いてみるとペチペチと良い音が聞こえる。
「豊作豊作。お前さんが手伝ってくれて助かったよ」
「いえ、これくらいしか出来ないですけど、楽しいです」
「運んでくれるってだけで良い助けだ。楽しいって思ってくれてよかった」
運んだら飯にしよう、とひとりひとつずつ南瓜を縁側へと運んで、御主人は縁側に腰掛けて御夫人を呼んだ。
割烹着で現れた彼女は「あらあら手伝ってくれたの」と俺を見て驚いたようだったが、御主人と同じように礼を言われてつい肩を窄める。
カゴに入った沢山の野菜を台所まで往復で運び、最後の南瓜を持って台所に入ればテーブルには冷えた麦茶が置いてあった。
御主人は着替えているらしく姿はなかったが、御夫人が飲んでと言ってくれたので素直にいただいた。
「朝早くから疲れたでしょう」
「楽しかったからそんなに疲れてないです、毎日大変ですね」
「慣れたらそうでもないわ。暇をもて余しているし、何よりあの人が楽しそうだからね」
あの人は野菜を作るのが楽しくて、私は料理するのが楽しいの、とカゴの中の野菜を手に笑う彼女は御主人と同じように輝いて見えた。
幸せそうだなと思うし、ここで過ごす一週間が自分の中の毒を入れ替えて綺麗にしてくれそうな錯覚と期待を抱いた。
着流しに替えた御主人もテーブルについて、御夫人が用意した麦茶を口にする。
彼女は既に台所に立っていて南瓜に包丁を入れようとしていたが、なかなかに硬いそれは刃を受け入れてはくれない。
「それ…手伝います」
「あら、座ってて良いのに」
「大丈夫です。切り方教えてください」
「ありがとうね、じゃあ…この窪みにそって…」
指でなぞった箇所に刃を添えて、峰に掌を置いた。
上から体重を掛けるんだ、と御主人からアドバイスを貰ってつま先立ちをして左手に体重をかける。
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