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半透明の同居人
「───ねえ、オレたちもう一緒に居て10年だよ?」
唐突に投げられた言葉に、寺田康之は斜め上へ顔を向けた。
そこには真剣な眼差しの若い男が間近で康之を見下ろしていて、一日の仕事を終えて食事も風呂も済ませ座椅子で寛いでマグカップに口をつけていた康之は何故か身の危険を感じ取り、平静を保ちつつマグをテーブルに置いて少しだけ体をずらす。
「だから?」
「オレは康之さんに触りたいんだけど!」
「…いや無理だから。お前他人に触れないだろ」
間近に迫った顔は、康之と初めて出逢った10年前と変わらず目鼻立ちがはっきりとした、所謂イケメンというやつだ。
外見だけなら、言葉は悪いが遊んでいそうで年齢的にも遊び盛りだっただろうに、眼前の男は現在他人に触れることが出来ない。それを自分でも分かっているはずなのに、何故今になって「触りたい」などと言ったのだろう。
投げられた言葉に一度視線を下げたがすぐにまた強い目を向けてきた男に、康之は溜め息ひとつ傾いていた体を捩って座り直した。
「触りたい」
「そういうのは女に言いな」
「康之さんじゃなきゃ嫌だ」
「どちらにしても無理だろうよ」
「……」
悔しそうに眉を寄せた男に少しの希望すら与えない言葉を吐き出したが、ちょっと言い過ぎた感は抱かなくもない。
なぜ康之でなければならないのかは疑問だが、この約10年で康之が知る限り男が会話出来たのが自分だけだった、と考えれば最も近い人物にまず触れたくなるのは致し方ないのかもしれない。
しかし何にせよ無理なものは無理なのだ。
何で、と小さく呟いた男は倒れるように康之へ腕を伸ばして体を寄せてきた。康之はただそれを見つめ、視界から消えた相手に再び溜め息を投げつけた。
「無理だって。お前ユーレイなんだから」
「触れる奴もいるじゃん…」
「ホラー映画に影響されんな」
目の前にいたはずの姿はなく後ろから聞こえる拗ねた声に振り返ると、康之の目には男の体の向こうにぼやけたカーテンの色が見えた。
出逢って10年。
ここに引っ越して来て10年。
寺田康之(30)は全身が透けた若い男と暮らしている。
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