274人が本棚に入れています
本棚に追加
/252ページ
回収した水差しを洗い終え、井戸から汲み上げた新しい水を入れる。もう氷水手前のような冷たさに、咲羅の手はすぐに赤くなり、指先は感覚を失った。
(恋愛したことない人間に)
(いきなり結婚から話に入るとか!)
「あんた何難しい顔してるのよ」
「へ?」
「腹立つことでもあったの? それ、破かない程度にしといてよ。縫うのも大変なんだから」
「はーい、ごめんなさーい」
洗濯物を洗う手についつい力が入ってしまい、また考えてしまっていたことに反省する。思考はすでに、振り回されていると言っていい。これが「ときめいて」考えている状態ならまだしも、疑問符だらけで解答のない難問に取り組むのと変わらないなど、時間の無駄だ。
咲羅が手早く洗濯物を干していると。
「よう。やっと出てきたな」
シーツの影から、リクバルドが顔を出した。
「リク」
「長官たちがよく許してるな、こういう雑事すんの」
「あー……ハーシェル王が好きにしていいって、最初に言ってくれたからね。セルシアの選定をも一回受けるまで、なんにもしないのも落ち着かなくて」
「ふーん。サクラの正体、みんなに話してもいいのか?」
「サンドラさんには、特に隠し立てをする必要はないって言われたから、別にいいんだと思う。言ったら、距離を置かれたりするのは淋しいなあって思ってたから、黙ってただけで。それに、男の子だと勘違いされたお陰で助かったこともあるしね」
「ああ、うん。今のお前と、あの夜のお姫様が同一人物とか、いまだに騙されてるんじゃないかって気がしてる」
「胸見て言わない!」
怒った咲羅に、リクバルドがいつものように笑った。
「サクラ、手え出せよ」
「手?」
なんかくれるの? と両手を広げて見せると、またプッと笑われた。
「手荒れがひどくてまあ、ホント、貴族のそれじゃねえな」
そう言って眺める視線はひどく優しいもので。
存外大きな手が咲羅の右手を取ってひっくり返すと、すっと片膝をつき、額に手を当てた。
最初のコメントを投稿しよう!