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部屋に入った瞬間、ムっと異臭が鼻腔を刺激して思わず顔をしかめ口元を覆った。
酷い悪臭だ。この時季に生肉を長時間室温にさらして腐敗させたような。胃液がせりあがってきて思わず嘔吐くと、すかさず部屋に居た女が彼女の背中をそっと撫でた。
「こんな中よく平気でいられるね。一体何なのこの臭い。もしかして…」すでに腐敗が進んでいるのだろうか……とは口にできなかった。彼女は部屋中に視線を這わせて途中、部屋の中央にあるベッドの向こう側に、シーツが乱れて床に垂れ落ちているのを発見した。鼻を覆ったままそのシーツが垂れ落ちている方へと脚を向ける。
ベッド横の床に、その姿は知っている実年齢より二十は老け込み、老人を思わせる人間が一人、転がっている。肉の欠けた骨と皮だけの体は弓形に反り、生気の感じられない青白い顔にはまるで狂ってしまったように、不自然な笑みを浮かべていた男。彼が目を開けてまるで彼女を嘲笑うかのように見上げていた。
一瞬目が合ったように思われたが、直視できずに思わず顔を逸らしたものの、その男から問いかけや挨拶はない。ここで実感できた。
本当に死んでいるんだ―――と。
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